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バブルという時代で背伸びをする女の子

川俣……最新刊では、バブル期の十年間を追う形で、主人公・本木青子の仕事と恋が描かれています。バブルを経験したことがない世代の私が読んでも、当時の東京の様子がとても面白かったです! この時代を舞台に選ばれたのには、なにか理由があるんでしょうか?

柚木……今、空洞化した地方を舞台に描かれた小説が、たくさん出版されていますよね。そういった小説を読むと、地方に対する見え方が変わってきますが、逆に今、東京を舞台にした小説がないなあと気づきました。私はずっと東京から離れたことがなくて、東京のどこか嘘っぽいところが好きなんです。嘘で塗り固められた長続きしないものに惹かれるところもあって、バブル期の東京で生きる女性の話を書こうと思いました。

新井……私も東京育ちなのですが、バブル期だった頃、両親の羽振りがよかったなあと当時のことを思い出しながら読みました。ジュリアナ東京や、当時流行っていたブランド名が要所要所で効果的に登場しますよね。子どもながらに、少し憧れたりもしたなあと懐かしかったです。

柚木……参考文献に載せている本はもちろん、サブカル論などもたくさん読みました。酒井順子さんの『ユーミンの罪』を読んで、やっぱり松任谷由実さんのことは触れておきたいと思って、連載時の原稿に加筆しています。

新井……田舎に帰るつもりでいた青子は、偶然連れて行かれた高級鮨店「すし静」で衝撃を受けます。シャリがネタの重みで崩れてしまうほどふわりと握られているというお鮨の描写が、どれも本当においしそうでした(笑)。

柚木……学生時代に、テイクアウトのお鮨屋さんでアルバイトしたことはあるのですが、高級鮨店のことを全く知らなくて、何度か食事に行きました。やっぱり値段が高いですし、一回一回味をインプットしようと思っていたので、そのぶんおいしそうに書けたのかもしれません(笑)。料理の専門学校が監修している本や、高級鮨店の本、あとコミックの『将太の寿司』を読んだりもしましたね。
 そもそもお鮨やバブルが大好きだから、この設定を選んだわけではないんです。「ここじゃない何か」を求める姿や「なんでも手に入るようでも、手に入らないものがある」ということを描きたかった。自分に全く関係のない時代で、女の子が背伸びする姿を書いてみたくて、お鮨とバブルが繋がったんです。

タイトルには明確な意志のある言葉を

川俣……「すし静」の職人・一ノ瀬に惹かれ、自分の稼ぎで店に通いたいと、田舎に戻るのをやめて、不動産業界に転職します。営業のためにクライアントから無理難題を言われたり、土地の買収に手荒いことが行われていたり、と舞台裏が深く描かれていました。

柚木……全世界共通なのですが、景気がよくなると水辺を開発していくんです。バブル期に流行っていたドラマにも、水辺のシーンがたくさん出てきました。バブル期の東京を書くには、不動産業界の実態を知ることが必要だと着地しました。当時を知る不動産業界の方に取材しましたが、女の子と朝までパーティしたり、靴の中にシャンパンを注いで飲んだりしていたと仰っていて、本当にそれって面白かったのかな? と不思議に思いました。

新井……青子は一人で「すし静」に通っていましたが、恋人の祐太朗に「女一人で行くなんてみっともない」と言われてしまいます。今では一人で食事を楽しむ女性も多く、ちょっとびっくりしました。しっかりと味わうためにも、一人で食事をするのは大事ですよね。

柚木……私は、こんなことを言う男性が許せなくて(笑)。みんなで食べると何でもおいしく感じられますが、こういうお店は一人で行くのがいいと思います。

きらら……鮨ネタが章タイトルになっていますが、作中での鮨の登場の仕方も、物語と相まって絶妙です。

柚木……ヅケとかガリとか二文字でカタカナがいいなあと思って、章タイトルにしましたが、本当はエンガワとか好きなんです(笑)。

新井……お鮨が出てくる小説を読むと、味の表現が過剰なものが多いですが、この小説では美しい一つの作品のようにお鮨を感じられました。一ノ瀬が青子に教えるパエリアやチャーハンといった店の賄いが、またおいしそうでした。

柚木……鮨飯をごま油で炒めて酢を飛ばしたり、ちょっとしたひと手間で本当においしいんですよ。賄い料理もそうですが、有名スタイリストさんの私服特集などで見る、プロが少し気を抜いたオフの時の格好よさが好きなんです。

川俣……青子が一ノ瀬の鮨を食べることで得る幸福感がすごいですよね。愛や恋なんてどうでもよくなってしまうほどの力が、食べ物にはあるんだなと再確認しました。

新井……青子が「こんなに豊かな気持ちになるなら、少しも高いとは思えない」と言っていますが、私にとってそれは大好きなアイスクリーム(笑)。なにかうまくいかないことがあっても、好きなものを食べることは救いになります。

柚木……当時は、男性にモテて奢らせるのが自分の価値に繋がっていましたが、好きでもない男性に奢られてお鮨を食べてもおいしくないですよね。バブルを楽しんでいた女の子達も、本当に楽しんでいたのか微妙で怪しいです。

川俣……握ったばかりの鮨を、直接手で受けて食べるというのがエロティックですよね。一ノ瀬のような格好いい職人さんからだと、ちょっと恥ずかしくて食べられないかもしれないです。「その手をにぎりたい」というタイトルも印象的でした。

柚木……実際にモデルにした鮨店で、手から手にお鮨を渡すのを見た時に、タイトルを思いつきました。あとバブル期には、「あの日にかえりたい」とか「振り返れば奴がいる」とか、明確な意志のある言葉が多かったんです。バブルっぽくてユーミンの曲名にありそうなタイトルにしました。

見た目は完璧で、中は腐ったフルーツ

川俣……キャリアウーマンになった青子は、店の常連でホステスのミキと出会います。初めはお互い苦手意識を持っていましたが、あることをきっかけに仲良くなる。立場は違っていても成立する女の友情がよかったです。

柚木……一度、ある作家さんの関係で銀座の一流クラブに連れていってもらったことがあるんです。実生活で出会うタイプの美人とは違った、どこかヌメヌメした感じのきれいな人達を見て、少しカルチャーショックを受けたので、その時の記憶を頼りにミキを書きました。青子と総合職で働く女の子同士の友情でもよかったんですけど、調べてみると初期の頃は、会社に一人くらいしか女性の総合職がいなかった。そこで誰にも頼らないで仕事をしている女性として、銀座のホステスという設定に辿り着きました。
 バブル期に女性で初めて総合職になった方に話をうかがうと、セクハラやパワハラも多く、男社会の中で女としてやっていくには、セクハラを流す能力が必要だったと仰っていました。バブルって見た目は完璧なのに、中は腐っているフルーツみたいなんです。それまでは浮かれ騒いでいるイメージしかなかったので、衝撃でした。

川俣……仕事に夢中になるうちに、友人の幸恵に恋人を略奪されます。できちゃった婚の末、子どもが生まれ幸せになれたかと思いきや、独身で自由な青子が羨ましく見えたりもしていて、どちらの人生を選んでも、悩みは尽きないものだと思いました。どの立場にいる女性にも共感できる部分がたくさんある小説ですね。

柚木……当時は二極化していましたし、『セックス・アンド・ザ・シティ』のように女性同士がわいわい騒ぐこと自体が少なかったんです。総合職なら男性に負けないようにバリバリ働くしかないし、専業主婦も今より大変でした。今は自分に合うもの合わないものをチョイスして、自由にカスタマイズしていける。彼氏もいるけど、一人も楽しむ。独身だけど、友達の結婚式も楽しめる。そういう意味でとてもいい時代になりましたね。

二人は付き合ったら一日で別れてしまう

きらら……青子は一ノ瀬に惹かれながらも、会社の上司や取引先の男性とも関係を持っています。

柚木……最近、片思いの相手とは別に、仲のいい女の子がいる設定のTVドラマがありますが、こういう関係を許せない人もいる気がしました。 男性作家さんが描く片思い小説は、交際していない間も清廉潔白でいることが多いですが、私には少し違和感があるんです。片思いを聖あるものとして書きたくなかったですね。

新井……青子はミキに、鮨を握る一ノ瀬を目で犯してると言われていましたが、片思いでもそういうことは想像しちゃうんですよね(笑)。

柚木……ミキに気づかれるくらいですから、青子は一ノ瀬を凝視していたんでしょうね(笑)。「すし静」に通い続けるということは、ある意味でずっと一ノ瀬をお金で買い続けているとも言えるんです。青子が聖なる女の子でもなく、ごく普通の女の子で、たまたま「すし静」で一ノ瀬に出会ったから人生が変わってしまったという流れにしたかった。ホストにいれあげるよりも、食べたらすぐ消えてしまう鮨のほうが儚いですよね。

新井……一ノ瀬は結局他の女性と結婚してしまいましたが、最終章での青子と一ノ瀬がカウンターに二人だけで座って話をするシーンが、とても素敵でしたね。

柚木……二人の関係に少し不満をおぼえる方もいらっしゃるかと思いますが、ラストはずっと決まっていて、ここに向かって逆算して書いています。実際にご無理を言って鮨店の厨房に入れていただきましたが、カウンターからお客を見るととても小さく見えるんです。青子がどんなに大人の女性になっていっても、一ノ瀬からはとても幼くみえていたんでしょうね。

川俣……二人が出会ってからの十年間、お互いがどう思っていたか語り合いますが、きゅんとしました。

柚木……惹かれ合っていた二人が、「あの時、どう思っていたの?」と過去を話す感じって、楽しいですよね(笑)。青子はきっと常連客のポジションを失うのが怖かったんです。職人の一ノ瀬は、自分が仕事をしていく上で邪魔になるような女性を絶対に選んだりしません。きっと付き合ったら一日で別れてしまうような二人だったと思います。

きらら……昨年刊行された『ランチのアッコちゃん』を中心とした対談では、「忙しい中でもランチの一時間を素敵なものにしていただけたら」と仰っていましたが、この作品にはどんなメッセージを込められましたか?

柚木……片思いで人生を無駄にしたとか、手の届かない相手を思う時間を無駄なものだとは考えずに、贅沢なものだと思ってほしいです。たとえ片思いのままで終わったとしても、心になにか爪痕を残せれば、充分関係したことになると思いますし、その関係を忘れずにいたいですね。

新井……バブルを象徴する東京タワーが装丁に描かれています。お店でどう展開していこうか考えるのが楽しいです。

柚木…………『ランチのアッコちゃん』の時も、みなさん、すごくレイアウトに凝って展開してくださっていて、とても嬉しい半面、がんばりすぎないでくださいという気持ちもありました。ここまでやってこられたのも書店員さんのおかげですし、感謝しています。今、お二人のような人気書店員さんもいらっしゃいますが、カウンターの奥にいる存在としても書店員さんのことが気になっています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

(構成/清水志保)
 

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