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彼を理解するために幼稚園から書いた

櫻井……最新刊『小森谷くんが決めたこと』は、「きらら」の連載時から楽しく拝読していました。プロローグにも書かれているように、この作品は大病から生還した男性を実際に取材されて書かれています。中村さんは初めて実在している人をモデルにされましたが、どこまでが本当の話なのかとても気になりました。

中村……モデルになった男性から聞いた話は、ほぼそのまま書いています。でも彼から聞いたことの何を書いて何を書かないのかという選択自体が、広義的には物語化なんですよね。普段僕が小説でやっていることと大きく何かを変えた、ということはしていません。
 僕は彼の経験というよりも彼の魂を小説にしたかった。僕と取材対象の彼は、付き合いが長いわけではないのですが、彼に対しての強い信頼感がありました。どう書いても彼にはわかってもらえると思えた彼の人間性に感謝しています。

田島……小森谷くんという一人の男性の生誕から闘病、生還までを描かれていますが、男の子が主人公なので、異性の私が共感できるか少し不安でした。でも成長していくうちに見えてくる、男の子同士のどうしようもないやりとりが微笑ましくて、最後には男の子っていいなあと思いました。女子からは考えられない男子特有のエピソードがよかったです。

中村……いわゆる少女漫画的な理想の男子を、この小説で書いているわけではないのですが、学校で隣の席の男の子にきゅんとすることってあるじゃないですか。普通の男子が普段何をしているかを書いているので、そういう意味でも女性読者に興味を持ってもらえたらいいですね。
 初めに彼から闘病中の話を聞いた時は、ちょっと小説にするのは無理だと思ったんです。掴みどころのない彼の性格のためでもあるんですが、彼と友人たちとの関係性も闘病中を描いただけでは見えてこないんですよね。彼を理解するために彼の幼稚園の時から今までを書こうと決めました。

櫻井……1978年生まれの小森谷くんと僕はちょうど同世代なので、彼がどう成長していくのか楽しみながら読みました。サッカーワルードカップのことや当時流行っていた音楽のことなど、共感できるエピソードがたくさんありましたね。悪友と遊んでばかりで少し中だるみしてしまう中高生時代や、アルバイトに明け暮れる大学時代を読んでいると、小森谷くんと同じ時を生きていると思えてきて、彼を身近に感じました。

中村……彼の成長の中で映画と音楽、サッカーがとても重要だったようで、四年ごとにあるワールドカップの話は要所要所に入れています。時系列を変えたり、まったく新しいエピソードも加えて、小説として面白く読めるようにしています。

土岸くんをかっこよく書きすぎた

田島……幼稚園の先生を好きになった初恋から、大人になるまでの小森谷くんの恋愛模様がわかりますが、大学時代に付き合った年上の美容師・文子さんは素敵な女性でしたね。二人はすれ違ってしまって恋が終わって残念でした。

中村……恋愛はもっと書きたい要素の一つだったのですが、彼の話を聞いてみると、意外とふられてばかりいるんですよ(笑)。やっぱり小森谷くんには幸せになってほしいですから、つらい恋愛の話は少なくなっちゃいました。

櫻井……高校時代からの悪友・土岸くんは女性にだらしない男ですが、彼女ができたての小森谷くんに「おまえには仁義がない」と説教をしたり、恋愛に対していろいろと名言があって面白かったです。

中村……土岸くんについてはオープンにできないエピソードがいっぱいあるんです(笑)。普通、年に十人も二十人もの女の子に告白しないですよね。
 ただ文系男子の土岸くんから見ると、物理学科を選ぶような理系男子の小森谷くんは、どうも人の気持ちがわからないと感じたんだろうなと思います。
彼は本当に土岸くんに言われたことを気にして、当時の彼女と向き合うことができなくなって別れてしまうんですが、彼はそんなしょっぱい恋愛のことも僕に話してくれました。だいたい男性が話す過去の恋愛話は美化されていることが多いのですが、彼は包み隠さず話してくれて、彼の心理はちょっと不思議でしたね。

田島……私は土岸くんのことがけっこう好きです。彼がいるといないとでは、小森谷くんの人生はまったく違っていたように思いました。二浪、一留して大学卒業後、小森谷くんは配給会社でフルタイムのアルバイトをしますが、自分が身体を壊していることにも気づかないほど疲労している。土岸くんはそんな小森谷くんに「おれたちはタフに生きなきゃだけど、何でも耐えるということじゃない」と言って働きすぎを指摘しますが、ちょうどリーマンショックがあった頃、就職活動をしていた私には、こういう台詞が染みます。土岸くんをいいお兄さんのように慕っちゃいそうでした(笑)。

中村……本当にそんなこと、土岸くんは言ったのかなあ、ちょっといたたまれない気持ちになってきました。土岸くんを僕がかっこよく書きすぎているかもしれませんね(笑)。
 彼が大学を卒業した時は、ちょうど就職氷河期で、就職がうまくいかなかったことが彼の人生に暗い影を落としたのは確かだと思います。

櫻井……小森谷くんにとって土岸くんはずっと父親のような存在だったと作中にも書かれていましたが、どんな無茶振りをしても、大事な時には必ず土岸くんがアドバイスをしてくれます。土岸くんとはまったく違うタイプですが、僕にも気心の知れた学生時代からの友人がいるので、男の子同士の友情は読んでいて心地よかったです。

中村……小森谷くんにはお父さんがいないので、恋愛経験も豊富で、先に社会人として自立している土岸くんのことを、自分より先を行っている人だと思っていたんでしょうね。
 僕自身は同性の友人を兄貴と感じたことはなかったんですが、よくよく考えてみると、この人の前だと背筋を伸ばさなくちゃいけないなと気が引き締まる思いをする人っていますよね。

小説家の役割は「覚えておくこと」

きらら……彼が大病を乗り越えて生還したことは、単行本のオビにも書かれているように、読む前からわかっていることなのですが、実際に闘病の章を読んだ時には、とても苦しかったです。生まれた時からずっと見守ってきた小森谷くんを、友人のように感じていました。

中村……書くほうも読んでいる方と同じように、闘病中のシーンはつらかったですし、その章に入る時にはものすごく緊張しました。『100回泣くこと』でも病気のことは書きましたが、それとはまた違った感覚でしたね。
 病気の章を書いている間は、彼と密に連絡をとるようにしました。闘病中にどんな治療があったのか、情報の正しさはもちろん、この時彼がどんなふうに考えていたのかをきちんと知っておきたかった。彼自身も病気のことを覚えておこうと、その時だけ日記を書いていたんです。日記も読ませてもらいましたが、彼の病気の受け止め方は意外と軽かったんですけど(笑)。こんな大変な時にそんなことしてちゃだめでしょうと思われることは、ソフトに盛り込んでいます。

田島……闘病のシーンになると、医療用語や物々しい印象の言葉が増えてきてどきっとしますが、小森谷くんの明るい性格に助けられましたよ(笑)。

櫻井……小森谷くんの有り余る男子の楽観性と、中村さんのやわらかな優しい文体のおかげで、つらい闘病中でもくすりと笑えるシーンがありましたよね。
 自分と同じ時代を生きて、自分と同じような恋愛や友人関係を築いていた小森谷くんが、こんな大病をするなんて、病気になることは誰にでも起こりうることだと再認識しましたし、健康でいること、生きていることへの有り難さを感じました。

中村……本当はタイトルを「小森谷くんの恋と生還」にしようかと悩んだんです。彼が生還したことは本当にすごいことで、抗がん剤治療が終わった時には、きっと生まれ変わったくらいの実感があったと思います。誉め過ぎかもしれませんが、今の彼の佇まいはとても優しくて、すべてを許す強さがある。
 僕はまだそこまで思えるほどの強烈な出来事がないので、彼へのリスペクトの気持ちもありますし、もしかしたら自分の代わりに彼が体験してくれたような気持ちにもなるんです。

櫻井……生還した後、小森谷くんは東日本大震災を経験します。亡くなられた方も多かったこの震災に、大病を経験した小森谷くんは僕たちとはまた違った思いを抱いただろうなあと想像しました。

中村……東日本大震災は、今を生きる人たちそれぞれに共時性のある出来事なので、書くのに覚悟がいるというか、緊張しました。震災の後、小説家としてなにができるんだろうと考えていた時に、小説家としての社会的な役割があるとしたら、忘れないで覚えておくことだと仰った作家の方がいました。今は刺激的なことの多い世の中だから、どんどん忘れていってしまう。この小説で小森谷くんの目を通して、あの時の感情や出来事を残しておきたいと思いました。彼が闘病中に日記を書いたように、貴重な経験を誰かに伝えたい、なにかの役に立つんじゃないかという思いはあります。
 この作品は僕の小説の中でも、老若男女に楽しんでいただけるのではないかと思っています。実在の男性をモデルにしているからか、書いた僕自身は第三者的に読める。意外と喜んでくれている読者の方が多くて、小森谷くんを誉められると本当に嬉しいんですよね。

(構成/清水志保)
 

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