海賊という言葉が持つ自由なイメージ
母袋……本屋大賞受賞、おめでとうございました! 以前、和田さんにお会いした時に、村上海賊の物語を書かれていると伺っていたので、単行本を待ちに待って拝読しましたが、読んでいる途中でやめられなくなり、電車を何度乗り過ごしたことか(笑)。上下巻、申し分なく堪能させていただきました。
和田……長すぎませんでしたか? 『のぼうの城』より長い物語になると思っていましたが、想定より延びてしまって、連載終了まで二年もかかってしまいました。
内田……僕は連載中から単行本になったら、その年の本屋大賞を『村上海賊の娘』がとるだろうと予想していました。連載中は毎週毎週、感想をSNSに上げていたほどでした。
和田……自分では面白いと思って書いてはいましたが、実際に読者にどういう感想を持たれているのか、連載中にはわからなくて、暗中模索の中で二年も書くのはつらかったんです。偶然、ヤフーのリアルタイム検索で、この連載の感想を書いてくださる方を見つけて、何度か目にするうちに、内田さんのものだと気づきました。あの時はとても勇気づけられ、本当に有り難かったです。
母袋……村上海賊が登場する合戦を描かれることにした最初のきっかけは、どこにあったのでしょうか?
和田……広島で育ったこともあり、村上水軍のことは聞いたことがあったんです。歴史小説を書くようになって、村上水軍のことをいつか書きたいと思っていました。海賊という言葉を聞くと、陸のものに縛られない自由なイメージや、颯爽とした雰囲気がみなさんの共通したイメージとしてあるのではないかと。言葉が持つイメージをそのままにしたくて、このタイトルにしました。
内田……歴史好きなので、この時代に関しての知識はあったのですが、木津川合戦に第一次があったなんて知りませんでした。第二次は教科書に出てくるほど馴染みがありますが、本書を読んでから第一次のことはいろいろと調べてみました。
和田……第一次木津川合戦が一番面白く描けるのではないかと思って、いろいろな文献にあたりましたが、僕も調べてみるまで、第一次合戦に泉州の海賊・眞鍋家が参戦していたことを知らなかったんです。海賊を描くにあたって、いい記述を見つけたなと思いましたね。
自分の欲望に真っ直ぐな人が好き
内田……村上武吉には元吉、景親という息子がいることは有名でしたが、景という娘がいたことにも驚きました。
和田……単純な思いつきで、女性が主人公の物語にしたかったんです。でも全く架空の人物だとつまらないので、武吉に実の娘がいたら書こうと思い、何種類か家系図を見ていました。そこには養女ばっかりが出てきていて、もう元吉を主人公にするしかないかと諦めていましたが、たまたま実の娘がいることがわかりました。
母袋……日本史でよく出てくる美しい女性とは、内股で歩く奥ゆかしい女性を想像されがちですが、主人公の景は、両足を開いて立ち刀を構える姿が決まる女性で、今までの歴史上の人物にいないタイプでした。物語の前半では自分の容姿にコンプレックスがあり、甘えたところがある景ですが、徐々に自立して戦いに目覚め、最後の合戦での姿は同じ女性として痛快に感じました。
和田……当時の女性のことを調べてみると、勝ち気な女城主もいたりして、政略結婚で男に振り回されているばかりではなかったんです。景の人物像はそんな女性たちのエピソードから作り上げました。
女性をステレオタイプに捉えてしまうと、「好きな男は斬れない」とか「そもそもなぜ戦をするのか」といった観念的で湿っぽい方向にいってしまいがちですが、景は後に獲得した信念のもと、徹底的に戦う女性にしたかったんです。
内田……ちょうど連載をされている頃、肉食系女子という言葉が定着してきた時期でした。景はまさに肉食系女子だなと思いましたね。
和田……肉食系女子というのは、女性としての欲望を表に出すことができるという意味で、正直な発露の仕方ですよね。僕はちょっと意地悪で、自分の欲望に真っ直ぐな人が好きなんです。それでいて真心を持っている人がいい。景はそんな女性をイメージしています。
景親は九割九分、ヘタレている
内田……景の弟・景親といえば、豪傑で猛勇な人物として知られていますが、この作品では非常にヘタレな人物として描かれています。僕はきっと景親は途中で死んでしまって、景が景親と名乗ることになるのかもしれないと想像したほどです(笑)。前半での景親はかわいいですが、後半では様変わりしてそのギャップが面白かったです。
和田……姉が弟をいじめるのが一般的な姉弟関係で、笑えるところがありますよね(笑)。この作品は、後半で合戦が続き、壮絶な話になっていくので、前半部分は少しふざけた感じを出したかった。歴史小説が持つ堅苦しさを壊すこともできますしね。最後の最後で景親は、みなさんが知っている豪傑に生まれ変わりますが、覚醒したところで終わるので、景親は九割九分、ヘタレてます(笑)。
母袋……私は織田方の松浦又右衛門と寺田安太夫兄弟が好きですね。かぼちゃ顔とへちま顔という設定もいいですし、ずるい兄弟だけれども、弓矢の腕はすごいというのがよかったです。
和田……文献を調べてみると、この兄弟は暗殺をしたり、合戦で逃げてしまったり、最期は変死を遂げている変わったところがある人たちでした。業界紙に勤めていた時、大阪の本社へ行くと、いわゆるちょっと変わった人がのびのびと変な人のまま生きていける土壌があるように感じたんです。きっと当時も一風変わった兄弟でも受け入れられると思いました(笑)。
きらら……景は醜女といわれ嫁の貰い手がいませんが、実際には現代風の美人なんですよね。どなたかイメージされている方はいらっしゃいましたか?
和田……名前はめちゃめちゃ日本人なのに、顔を見ると外国人、しかも美人と呼ばれるような人を想像しています。日本では普通の人でも海外ではやたらもてることがあるじゃないですか。そんなことを思い浮かべて、笑いながら読んでもらいたいですね。
その人物の核となるものだけを掴む
内田……この小説では、景と敵側の眞鍋七五三兵衛の恋が織り込まれているところにぐっときました。歴史小説や娯楽小説には、恋愛要素が入っているほうが潤いになっていいんですよね。
和田……どこまで恋愛的な要素を入れるかは難しいところでしたが、女性が主人公である以上、恋は不可欠のファクターでした。景と七五三兵衛に訪れるその後の展開をふまえて、七五三兵衛との関係をどこまで進展させるか悩んだ末、現代の読者の感覚に合うようにこの形になりました。
母袋……この形だったからこそ、景の気持ちの問題だけで済んで、七五三兵衛との戦いもウェットにならず戦いが重たくなっていません。七五三兵衛との斬り合いで景が胸元を切られますが、とてもセクシーな表現に感じました。
内田……逆に七五三兵衛は自分のところに嫁にくるような女性だったら、景に惚れていなかったんじゃないでしょうか。殺し合いが愛という形に結実しているのが、この小説のすごいところのひとつです。
和田……景と七五三兵衛が抱える矛盾を、お二人にこんなに読み取っていただけて嬉しいです。僕は女の気持ちがわからないと言われることが多くて(笑)、実は女性を主人公にするのはチャレンジでした。読者のみなさんがどう感じてくれるのかなと危惧していましたが、受け止めてくださっているようで助かります。
きらら……魅力的な登場人物がたくさん出てきますが、キャラクター表などは作られていたのでしょうか?
和田……シナリオライターの学校などでは、作中に出さなくても登場人物たちの生い立ちや趣味がわかるような、キャラクター表を作るように教えられるのですが、僕はあえて作らないようにしているんです。断片で人間を捉えると、かえって捉え損なうような気がして、僕はその人物の核となるものだけ掴んでおきます。景でいうと、彼女は怠け者でふざけた人で、でも内側には真心がある。核を意識しながら書いていくと、場面に応じてどんな台詞を言うか見えてくるんです。
映画の脚本を依頼されたと思って
内田……本屋大賞を受賞され、小説執筆のオファーはたくさん届いていらっしゃるんじゃないですか?
和田……おかげさまでいただいてはいるのですが、今はお休みしているところです。
実は『村上海賊の娘』を書く前に一度脚本におこしたんです。今までは脚本を小説にしていましたし、初めての週刊誌での連載だったので、連載中に展開を考えていくとなると毎週書いていくのがつらい。基本的に僕は怠け者なので、このシーンは長くしちゃえという発想が出てきてしまって、分量が今の三倍か四倍になってしまうような気がして(笑)。
母袋……それだといまも連載中になっちゃいますね(笑)。
和田……脚本で手を抜いたら、小説に影響してくることが予想できたので、映画の脚本を依頼されたと思って、これをいい映画にするんだという決意を書いた紙を貼っていました。映画としてのシーンの流れを意識して書いた脚本を仕上げたところで、今度は小説として成立するような文字上の演出をしていきました。
内田……『村上海賊の娘』でここまでうまくいってしまうと、次回作でも脚本を書かなくちゃいけませんね。
和田……今後も脚本を書くんでしょうね。やめたら、どうなっちゃうんだろう。とんでもないへんな小説になっちゃうかも(笑)。『村上海賊の娘』は四年以上かけて書いていたので、またあれを一からやるのかと思うと、少しうんざりするような気分もあるんですよ(笑)。
内田……僕は連載中、毎週発売日の木曜日がくるのが楽しみでした。本当に幸せな二年間を過ごさせていただきありがとうございました。
和田……本屋大賞発表会のスピーチでも伝えましたが、この作品に投票してくれた方にも感謝していますが、本屋大賞に参加されたみなさん、全員に同じ気持ちでいます。本当にお疲れさまでした。忙しい中、ノミネート作全てを読む熱意に打たれました。みなさんに選んでいただいたことが嬉しいし、本当に有り難かったです。
(構成/清水志保) |