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ある一文を思いついてインタビュー形式に

きらら……最新刊『ヒーローインタビュー』は、阪神タイガースの代打男・仁藤全と関係のあった人々が彼の半生を語っていく、という形式の小説です。坂井さんは、以前から野球がお好きだったのですか?

坂井……高校野球もプロ野球も全く観たことがなく、特に贔屓にしているチームもなかったんです。大阪を舞台にした小説を考えていた時に、版元の社長さんから「阪神タイガースの代打男を主人公にした話を書きませんか?」とお話をいただきました。昨夏においしい鮎をご馳走になっていた最中で、「できません」とは言える状況ではなくて、「書かせていただきます」とお答えしたのが始まりです(笑)。

西ヶ谷……東京育ちのせいか、関西弁で書かれたものは、私にとっては鬼門中の鬼門なのですが(笑)、登場人物達の誰もが魅力的で、関西弁が全く気にならなかったです。私も野球に少しも興味がなくて、セ・リーグとパ・リーグのチーム名もあやふやなくらいなのですが、とても面白く読めました。

坂井……ありがとうございます。担当編集の方が野球通だったので、資料をたくさん送っていただき読み込みました。実際に甲子園球場にも足を運んで、ゲームの中にあるドラマ性を解説していただきながら、野球観戦もしました。野次を飛ばすファンの方達も面白くて、本当に楽しかったです。

辻内……大阪を舞台にした『泣いたらアカンで通天閣』が大好きで、坂井さんはずっと気になる作家さんでした。新刊案内で坂井さんの単行本が出ると知り、すぐにゲラを送っていただき拝読しました。それぞれのインタビューで全の違った一面が見られることで、野球小説の中に人情モノがうまく入り混じっていました。

坂井……最初の構想では、うだつの上がらない野球選手と、暗い過去を持つ女性との報われない恋愛小説を考えていました。ところが、急に冒頭の語りにある「彼について語る者は多くない」という一文をぱっと思いついてしまって、代打男に関わりのあった人達にインタビューする形式に変わりました。

きらら……最初の章では、全が思いを寄せる理容師・庄司仁恵のインタビューから始まりますね。全が野球選手だとは知らなかったくらい彼女も、野球に詳しくない女性でした。

坂井……恋愛物だった初期の構想では、仁恵は夫を殺して捕まった過去があり、刑務所で理容師の資格を取り理髪店をやっている設定にしていました。舞台にした出屋敷を実際に歩いてみると、メイン通りはさびれているものの、理髪店が多かった。舞台と合っていたので、インタビュー形式に変えても、仁恵の設定はそのまま残しました。

西ヶ谷……仁恵は最初から一歩身を引いている女性ですよね。全から好意を寄せられていることに気づいているものの、仁恵は一定の距離感で関係を保っていました。

坂井……この作品では「自信」がキーワードになっています仁恵は自信がないために、自分が幸せになることに疑問を持っています。作中にあるように、ジョーカーを持って生まれてきたといわれるほど才能がある全も、自分をきちんと評価できないタイプです。その二人が合わさると、恋愛もなかなか進展せずもどかしいんですよね。

食べ物を分け与えることで出てくる信頼関係

きらら……次の章では、全をスカウトした宮澤秋人のインタビューに替わります。スカウトとは簡単に他人の人生を変えてしまう仕事だと、娘から宮澤がなじられる姿が印象的でした。

坂井……スカウトマンのことも知らなかったんですが、怪我などで引退した元選手が球団に雇われて、新しい選手を発掘しています。将来が有望だと期待されていた選手でも、潰れてしまう人もたくさんいる。プロ野球という厳しい世界で、大変な重圧のある仕事だと思いました。

辻内……その宮澤にスカウトされたピッチャーの佐竹一輝は、元々ジャイアンツファンでした。宮澤に「阪神に入ったら、大好きなジャイアンツと対戦できる」と口説かれて、佐竹は阪神入りを決意しましたが、この口説き文句はいいですね。

坂井……宮澤はたぶん佐竹の負けん気の強さを見抜いていて、そこをうまく突いたんです。好きなチームの一員になる喜びとは別に、好きだからこそ挑んでみたいという気持ちも絶対にありますよね。

きらら……幼少期に佐竹は「森のようちえん」という、毎日森に入って学ぶ保育方法で育ちました。おかげで天候の変化にも敏感ですし、森を歩くと落ち着くという少し変わった男性ですね。

坂井……佐竹は有能で優等生キャラだったので、佐竹の章を書く前は、ちょっと面白くないなあと思ってたんです(笑)。そこで才能溢れる佐竹に少し変わった過去があることにして、全と通じる要素を加えました。浜風が吹く甲子園では、天候の変化も気になるものなので、全が佐竹に天気を訊くシーンにも役に立ちました。

西ヶ谷……全と佐竹のファーストコンタクトに「むいちゃっている甘栗」が出てくるのが面白かったです。試合中にも甘栗を食べるようになる全と佐竹は、「甘栗兄弟」と呼ばれるようになりますが、とっても微笑ましかったです。

坂井……がたいのいい男二人が、ベンチの隅っこで食べている様子はなんだかいいですよね(笑)。
 年上からも年下からも、全は愛されるキャラなんです。全と佐竹がじゃれあっているシーンは、「ばかだなあ」と思いながらも好きでした。男性同士のシーンで野球のことばかり語らせていると、嘘くさくなってしまう気がして、どこかでテンポを落としたかった。食べ物を分け与えることで信頼関係も出てきます。

西ヶ谷……今まで挫折知らずの人生を送ってきた佐竹には、ちょっと生意気な印象もあるので、一度くらいぽきっと心が折れるほどの失敗をしてほしいと思いました。そこから佐竹が成長する物語も読んでみたいです。

坂井……折れたところから、カッと伸びるんでしょうね。文庫化の時には、佐竹のスピンオフ小説をおまけにするのもいいかもしれません。

男同士の会話では多くを語らせる必要はない

きらら……全のライバルである中日ドラゴンズ・山村昌司は、最年長ピッチャーという設定でした。野球に詳しい方が読むと、実在するある選手をイメージするのではと思いましたが、どなたかモデルになっているのでしょうか?

坂井……この作品の中で山村だけが唯一、モデルとなっている選手がいます。全が伸び悩んでいる原因をぱっと見ただけでわかるピッチャーだとしたら、ベテラン選手になる。ライバルチームは中日ドラゴンズがいいなあと調べていたところ、山本昌さんを知りました。山本さんのことを書かれた本も参考にしています。あえてごまかさず、読者の方に気づいてもらえるように書きました。

西ヶ谷……山村があるアドバイスをすることで、全はまた打てるようになります。そのアドバイスというのが、坂井さんらしいウィットに富んだものでよかったです(笑)。嘘みたいな自分のアドバイスで、打たれてしまった時の山村の顔を実際に見てみたいと思いました。

坂井……山村は野球を語る時に、「漫画だったらきっとこんな描写だろう」と喩えるほど漫画好きの男性なんです。全にアドバイスするにしてもきっと漫画の名シーンや名台詞から持ってくるはず。この全と山村のやりとりも、佐竹の時と同様にちょっと力を抜いて書いています。

西ヶ谷……飄々としている山村から「君は野球が好きか?」と訊かれた全は、「はい」と真っ直ぐに答えます。ライバルでありながらも、野球で繋がった二人の会話にぐっときました。

坂井……プロの選手になれるような方達は、子どもの頃から野球一筋で、そこにしか共通項がないと思いました。男性同士の会話では、多くを語らせる必要はないですよね。

きらら……高校時代の同級生・鶴田平も語り手として登場します。野球に打ち込む高校生の姿は生き生きとしていて、この章は青春小説のようにも読めました。

坂井……野球小説という括りの一冊ではありますが、恋愛小説や家族小説、青春小説の要素も詰められるようにパート分けを考えていました。今まで青春小説を書いたことがなかったのですが、高校生のちょっとおバカな男の子達を書くのが楽しくて、鶴田の章は長くなってしまいましたね。

辻内……甲子園を目指していたのに、鶴田がバイクの無免許運転をしたため試合に出場できなくなりましたが、無免許運転をしたのにはある理由がありましたね。

坂井……ただの無免許運転としか報道されませんが、そこには当人達にしかわからないことがありますよね。

きらら……「その瞬間」という章では、インタビューに出てきた全員が全の試合を見守っています。全が打てるのかどうか、どきどきしながら読みました。

坂井……それぞれが全から影響を受けただけではなく、全にもいい影響を与えています。みんなが全にいいことを吹き込んだ集大成が、全の一打。それぞれが絡んでいくように、当人は気づいていなくても、誰かのある行動に影響を受けている。そういう繋がりがある小説が好きですね。

西ヶ谷……仁恵の横で観戦していたおじさんが気になりました。最初は野球の神様なのかと解釈していたんですが……。

坂井……そこは読者の方に自由に読んでいただきたいです。作者として、全の父親の幽霊だったのかもしれないなあと思っています。将来、きっと全の奥さんになる仁恵をちょっとお父さんに会わせてあげようかなと(笑)。あのシーンでは細かい仕掛けをいくつか入れています。

きらら……最終章ではいよいよインタビュアーが誰だったのかが明かされます。

坂井……最初は、インタビュアーが書いた本という形でまとめようかと思っていて、途中までインタビュアーがわからないまま書いていました。でも途中からインタビュアーの語りを入れて物語を締めたくなったんです。このまま終わるのが自分でも少し寂しいというのもあって、最後にインタビュアーの語りを入れることにしました。

辻内……坂井さんにお話を伺っていると、全はもちろん、阪神ファンのおじさん達までをも含めたどの登場人物達にも、愛情を持っていらっしゃるのが伝わってきました。

きらら……坂井さんから見た全は、どんな男性ですか?

坂井……全は永遠の男の子なんじゃないでしょうか。思春期くらいで精神年齢が止まっていて、いかつい大男の中身が少年だなんて、ほっとけないですよね(笑)。
 小説教室に通っていた頃から「悪い人を書けるようになりなさい」と言われたんですが、人間みんな、かわいい存在だと思っています。物事はすべていい方向に行くものだと感じているので、小説にもそういうところが出てしまうのかもしれません。

辻内……阪神ファンも多い関西の書店を回られたと伺いましたが、みなさんの反応はいかがでしたか?

坂井……甲子園の土と一緒に本を置いてくださっている書店もあったほど、みなさんレイアウトが凝っていて、とても嬉しかったです。今回の作品では、自分が持っている引き出しをすっからかんにして書きました。また書店に入って、引き出しに新しく詰める何かを探しにいきます。本をたくさん読んでいらっしゃる書店員のみなさんに気に入っていただけるか不安ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

(構成/清水志保)
 

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