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彫られた人が死ぬと名声も残らない

佐伯……新刊『彫千代 Emperor of the Tattoo』は「きらら」に連載をされていた小説ですが、連載時とは構成が変わっていますね。

平山……連載中はふたつの時系列を節ごとに分割して、互い違いに入れ込む構成にしていまし たが、時代ごとにある程度まとめることで、物語世界に入り込みやすいように改稿しました。その機会に新しいエピソードも加えたし、いろいろと問題が起きるかと予想していたのですが、意外とうまく収まりました。骨格になるストーリーが最初から頭の中できっちり出来上がっていたのがよかったのかもしれないですね。

新井……ふだんあまり歴史モノを読まないので、最初は少し取っつきにくいかなと尻込みしたのですが、『彫千代』は歴史モノの堅苦しさがなく、とても読みやすかったです。

佐伯……わたしも今までは途中で突っかかってしまったりして苦手でした。でも『彫千代』は推理小説を読むときのように一気読みできましたよ。
 実在した伝説の彫り師「彫千代」を主人公にされていますが、刺青ってどこか危ない人が入れているイメージがありますよね。そもそもどうして彫り師を題材にされたのでしょうか?

平山……新聞の書評欄で『日本の刺青と英国王室』という本を知りました。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパの王室や貴族の間で、派手な刺青を入れるのが流行し、日本の芸術的な刺青も注目されていたようなんです。最初は単に東洋と西洋の文化が混ざり合う局面への興味から手に取ったのですが、巻頭にあったある肖像写真を見てものすごいインパクトを受けました。上半身裸のすらりとしたイケメンが少しどや顔で写っているんですが(笑)、それが彫千代だったのです。その写真から小説を着想したと言ってもいいくらいです。

佐伯……平山さんももしかして刺青を入れていたりするのでしょうか(笑)。

平山……いえ、痛いのが苦手なので、想像しただけで耐えられませんね。参考にした『文身百姿』という古い本に、当時の彫り方が丁寧に説明されています。彫り師はたいてい二階を仕事場にしているんですが、彫るときに「シャキシャキ」という音がして、それが一階からでも聞こえるというんです。それを知っただけでもう痛くなっちゃうじゃないですか(笑)。

新井……私も痛いのがだめなので、痛みを我慢して一生消えない刺青を身体に入れるのはすごいと思いました。

平山……当時だと刺青を消そうとしても焼き潰すくらいしか方法がなく、結局痕が残ってしまいます。それでもヨーロッパで日本の刺青に人気があったのは、同じ土壌から生まれた浮世絵などに対する評価が先行していたことも一因だったかもしれません。

佐伯……彫千代は虫や爬虫類など小さな絵を描くのが得意で、短い滞在期間で彫れるという理由からも外国人から人気を得ました。彫千代は商売上手な人ですね。

平山……イギリスの二人の王子に彫ったと主張している点は実在した彫千代も同じですが、それは事実ではないようです。ただ、欧米人の好みを勘案し、より売れるように自己プロデュースする能力には長けていたんだと思います。

きらら……彫千代がどんな刺青を彫ったのか見てみたい気持ちになりましたが、写真などでも残っていないんですよね。

平山……刺青はアートではあっても、作品として残るものではないし、残す方法もない。死んだ人から剥がした皮の状態で残っているものもあるそうですが、それはもはや博物的標本であり、美術作品とは呼び難いですよね。どんなに腕がよい彫り師が彫っても、彫られた人が死んでしまうと何の意味もなくなってしまう。だから彫り師も名声を残しにくいんですよね。

刺青を彫るという行為はエロティック

新井……彫安のところで修業をしていた彫千代は、いつしか勝手に仕事を受けるようになり、イギリスの石油商人・ディンズモアの家に出入りするようになります。ディンズモアの妻・エミリーからの申し出で彼女に彫り物をするうちに、エミリーといい仲になってしまう。肌をさらけ出して彫るという行為の中で、彫り師との間である種の関係性が生まれるんですね。

平山……刺青を彫るという行為自体がエロティックな感じがしますよね。一方で、彫千代は英語が堪能だったという伝聞が残っています。海外に行った経験もない彼があの時代に英語を話せたとなると、これは女がらみだなと(笑)。外国語上達への早道ですからね。それで人妻のエミリーを登場させました。

佐伯……エミリーとの関係がばれてしまい別れることになった彫千代は、今度は女郎屋でお蓮という女性と出会います。この二人の恋はとっても情熱的でした。

平山……なぜか彫千代の周りには美女ばかりが集まるんですよね(笑)。今の時代ですと遊女との恋自体が状況設定的にあり得ませんが、当時は自由恋愛でも出会いの場が少なく、男性が遊郭に行くことも多かった。その中で本気で惚れ合う二人もいたでしょうし、ふだん自由に身動きがとれない遊女が相手だと、悲恋にならざるを得なかったはずです。

新井……黒地に般若の着物を着て、いつか日本を出て海外で生活したいと思っているお蓮は、現代女性から見てもかっこいいです。

平山……髪型や服装も含めて、時代考証の観点から見るとお蓮はかなり怪しい存在なのですが、とにかくキャラを立たせたくてド派手な女性にしました。彫千代が自分に似ていると思える女性ですから、やはり非凡な存在でないと。

みんな彫千代に好意を持ってしまう

きらら……彫千代はその後、ホレスというパトロンを見つけ、彫り師としてさらに活躍するようになりますが、ホレスの妾だったフミと結婚します。フミは結局、ほかの男性へと心変わりしていきますが、このフミという女性は心情が掴めないですね。

平山……フミは淫婦というわけでは全くなく、作中で彫千代が「フミのそばにいると真綿にくるまれているような気がする」と言っているように癒し系の女性です。実在したフミを見たことがある英国人は、「小さくて明るい女性」と書き残しています。「きれい」とは言っていない(笑)。ただ、複数の男性の間を渡り歩いたのはどうやら史実のようです。必ずしも一途ではなかったのかもしれませんね。

新井……彫千代に憧れ、刺青を入れてもらった清吉と彫千代との関係は、どこかBL的な雰囲気がありました。清吉の語りではつい清吉の気持ちに寄り添ってしまって、もし私も彫千代の近くにいたら、清吉と同じように彫千代を好きになったと思います。

平山……清吉は一本気で健気な男なので、たぶん多くの読者の方に感情移入していただけるはずです。そして僕も清吉のパートは彼と同じ気持ちになって書いているんですよ。
 ほのめかす程度の記述なのですが、二人になにかそういうことがあったらしいとしのばせる周囲の証言も残っています。作中では、清吉が彫千代に憧れたり幻滅したりといろいろな感情を持つ中で、自然な流れとしてそういう関係が成立してしまう。彫千代の清吉に対する扱いはある意味でひどいともいえるのですが(笑)。

佐伯……ホレスもフミと子どもを彫千代に奪われてしまったのに、彫千代の才能に惚れていてすべてを許してしまいます。男女問わず、とてもピュアなところがある彫千代は人に愛される人物ですね。

平山……飄々としていていつもどこかへ行ってしまいそうに見えて、実はすごく情も深い。一般的にいう愛情とは質が違うかもしれませんが、否応なくみんな彫千代に何らかの好意を持ってしまうんですよね。

新井……おマツが彫千代のことを「秋晴れの空のようにからっとした人」だと語っていて、すとんと腑に落ちました。

平山……僕もその一行を書けたときに、一番的確に彫千代を表している言葉だと思いました。おマツさんになりきって書きながら、「おマツさん、グッジョブ!」って思いましたね。

彫千代を書きたいという強烈な動機

きらら……お蓮と再会したことで、彫千代の人生は思いもよらない方向へと進んでいきます。 とてもドラマティックな展開にどきどきしながら読みました。

平山……最後まで果たせなかった恋というのは、燃えカスが残っていつまでもくすぶり続けてしまう。男性にはありがちなことなんですが(笑)。

新井……単行本の装丁に描かれた彫千代もかっこいいですね。『彫千代』のフリーペーパーにはほかの登場人物も描かれていますし、相関図もよかったです。

平山……連載の扉絵を描いてくださったイラストレーターの煙楽さんに、単行本もお願いしました。とても素敵にキャラクター化してくださったので、連載中は僕自身も影響を受けながらどんどんキャラが一人歩きしていったところはありますね。煙楽さんの絵を見ることで、僕自身が個々のキャラクターへの理解や愛着を深めていったというか。

佐伯……『彫千代』は全部史実だと思って読んでいましたが、登場人物は実在しつつも、史実と平山さんの想像がうまく絡み合っているんですね。

平山……断片的な史実をヒントに、あとは想像で書いています。いかにも史実に付け足したとわからないように、繋ぎ目がわからないように気をつけて、僕の想像と史実とのトーンを均一にするのに苦労しました。
『彫千代』では63冊も資料を読んでいて、これは自分史上最多ですね。書く前にある程度の情報が必要だろうと見立てて先行して読んでいましたが、書いている間に足らない部分も出てきました。ただ、今後も歴史モノを書くかというとちょっとわからないです(笑)。彫千代ほど魅力的な誰かに出会わない限り、もう次はないかもしれない。この人物を主人公にしたい、という強烈な動機があったので、歴史モノを書いてしまったというほうが近いんですよね。

佐伯……ぜひ『彫千代』のコミカライズを希望します! この小説を読むと、刺青に対する見方が大きく変わりますよね。

平山……刺青と聞いただけで「うわーっ!」と思うような方にこそ読んでほしいですね。僕自身、この作品を書いたことで、刺青が近い存在になりましたし、刺青にも違った側面があるということを知ってほしい。そしてみなさんにも彫千代を好きになっていただけたら嬉しいです。

(構成/清水志保)
 

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