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  熱烈インタビュー作家さん直筆メッセージPICKUP著者インタビュー書店員さんおすすめ本コラムコミックエッセイ!「本の妖精 夫久山徳三郎」

乙女系ゲームに出てきそうなメガネキャラ

きらら……「きらら」の人気連載だった本書ですが、まず男性のランジェリーフィッターが登場するラブコメというのが新鮮でした。蛭田さんの手にかかると、どんな設定でも小説になるんだなあと思いました。

蛭田……担当編集の方から、お仕事ラブコメ小説のご依頼をいただきました。最初の打ち合わせでは酪農家の男性と都会的な女性の設定なども出ましたが、担当者から男性二人でやっているネイルサロンがあると聞いてちょっと面白いなと思ったんです。男性が店員で一番違和感がある場所を考えてみたところ、ランジェリーショップの男性フィッターという設定を思いつきました。男性フィッターと決めた途端にいろいろな話が湧いてきて、プロットはすぐ出来上がりました。

佐藤……三十二歳、広告代理店で営業をしている颯子は、ノーブラで出かけてしまったある日、偶然立ち寄ったランジェリーショップで男性フィッター・伊佐治と出会います。颯子は乙女な部分もありながら、サバサバとしている。重たい気分にならずに読み進めていけるのがとても心地よかったです。

蛭田……ありがとうございます。私がイメージする営業職の女性像を颯子にはあてはめています。やっぱりラブコメなので、生き生きとしていて親近感を持っていただける主人公にしました。

竹山……冒頭から肌のゴールデンタイムのことなど、女性が読むとどきりとする描写から始まりますよね(笑)。

蛭田……書いていて自分でもそのあたりはドキッとしました。書いておきながら、私もぜんぜん改善していないんですけれど(笑)。

竹山……仕事ばかりで自分のケアをさぼっていた颯子に、伊佐治は毒舌を吐きます。でも伊佐治が勧める下着は颯子のキャラクターや彼女の生活スタイルに合ったものばかりで、とても的確なんですよね。

蛭田……男性が思い描く理想の女性を、押し付けるフィッターにはしたくなかったんです。伊佐治は乙女系ゲームに出てきそうなメガネキャラの男性を想定しています。実は下着に疎かったので、下着の歴史を本で調べたり、実際にフィッターの方に接客をしていただいた中で盗めるところは盗んで作品に盛り込んでいます。

いろいろな女性像の可能性も提案

佐藤……第二話では颯子のもとに、十五年間付き合っていた元彼・直助から結婚式の招待状が届きます。伊佐治に見立ててもらった下着をつけて参列しますが、そもそも元彼から招待状が送られてくる時点で衝撃的でした。三十二歳というと周りが結婚したり子どもを産んだり、人生に変化がある年齢ですよね。

蛭田……三十代になると過去にいろいろな恋愛経験もありますしね。元彼の結婚式という話は、自然と思い浮かびました。

竹山……直助が選んだ愛理は、颯子からみて、十歳も年上で見た目もお世辞にもきれいとは言えない女性という描写でした。

蛭田……颯子の視点で描いているので、愛理の描写はつい意地悪な書き方になっています(笑)。

竹山……お色直しでは子どものころに憧れていたディズニープリンセスのようなドレスで登場して颯子からすれば「悪趣味」。でも愛理から両親に向けた手紙のシーンで、愛理という女性の見え方が変わり、そんな女性を選んだ直助の株もぐっと上がりました。

佐藤……そう、愛理はとてもかっこいい女性ですよね。直助の結婚式に行ったことで颯子にも変化が訪れます。女性らしくないと部長から影口を叩かれている後輩の馨に対して、彼女を導くのが自分の仕事だと颯子が思うところがよかったです。馨の女性としての魅力に颯子は気づいてあげられる人なんですよね。

竹山……馨が小学生で痴漢にあった時に、馨の母親がもう少しきちんとフォローしていたら、彼女も苦しい思いをしなくてすんだかもしれない。そう思うと馨は颯子に出会えて幸せ者です。

佐藤……馨が持っていたステレオタイプな女性像に対して、伊佐治が「想像とはいってもイマジネーションではなく先入観だったのかもしれない」と諭します。この言葉、とても心に響きました。他にも胸にぐさっと刺さる言葉が多くて、プルーフに折り目をつけていたら大変なことになりました(笑)。

蛭田……作中にも出てきますが、マニッシュだったり清楚だったり、逆に肉感的でチャーミングな人もいる。小説として楽しく読める中に、いろいろな女性像の可能性も提案しました。

自分でデザインを考えた下着もある

竹山……第一章に伊佐治の店が入っているテナントに「女装サロン 髭女将」いう店がさらりと書かれていましたが、颯子のクライアントである天狼酒造の大狼社長がそこの常連で、女装癖があるという展開には驚きました。

蛭田……下着をテーマにどんな話が展開するか考えていたら、なぜか女装する男性も出てきたんです(笑)。警察の特集番組などで女性の下着を収集する男性の犯罪を目にすることがありますが、大狼社長は法に触れていませんし、もっとピュアな気持ちで女装をしているんです。

きらら……大狼社長の趣味を知った颯子の発案で、男性に合った女性用下着を試せる出張ランジェリーショップを開くことになりますが、どれもランジェリーの描写が素敵でした。ランジェリーショップを特別な空間のように感じられて、自分もショップに行きたい気分になりますね。下着ってピンキリで高いものはびっくりするような値段がついていますよね。

蛭田……値段を見てぎょっとすることがありますものね(笑)。下着の描写はけっこう悩みながら書いていて、どんな下着がその女性、男性たちに一番合うのか、自分でデザインを考えたものもあります。女装癖のある男性からすると、男性の服にはサテンやシフォンは少ないので、下着の手触りの良さが好まれるみたいです。

竹山……天狼酒造のCM制作を巡って他社とコンペをした結果、颯子の会社が選ばれました。「社員たちがかき集めた金を使って広告を作るからには、商品が確実に売れるものがいい」という経営者らしい言葉に、ふだんセクハラ発言ばかりの大狼社長を少し見直しました。

蛭田……広告代理店の制作で働いていた時に、中小企業のおじさまをよく見てきました。やはり会社の社員全員を養っているというプレッシャーは社長の方には常にあるんですよね。

佐藤……無事に広告の仕事が決まったものの、今度はCM撮影でひと波乱あります。大狼社長の憧れだった本城夕妃はお騒がせ女優で、ビキニでの撮影を拒否してしまう。広告業界ではこういうことはよくあるのでしょうか?

蛭田……グラビアアイドルの方が泡のお風呂に入っているシーンを撮ろうとしたら、当日になって事務所からNGが出たことはありますね(笑)。ここ数年で広告関係の事情も変わってきているとは思いますが、私の経験を基に書いている部分もあります。

竹山……昔の輝きがなくなりつつあった夕妃でしたが、伊佐治が彼女にぴったりの補整下着を選び、新しい魅力を引き出しました。伊佐治のように女性ひとりひとりに合った下着を選んでくれるといいですね。

蛭田……補整力が売りの下着は選び方が難しいんです。実際につけてみると効果が出てスタイルがきれいに見えても、長時間つけるには補整力が強く、普段使いしにくいものもあります。

きらら……颯子の元同期で出産後の体の変化に悩む美鈴にも、伊佐治は補整下着を勧めましたが、華江店長はセクシーな下着のほうがよいという考えでした。美鈴は裸を見せたくなくてセックスレスになってしまった。家族が増えて幸せなはずなのに、夫婦の距離が離れてしまうのは寂しいですね。

蛭田……周りの人からすると子どもまで産んだのに、今更何を言っているのかと思われるかもしれません。年齢を重ねるうちに実際の自分とセルフイメージの間に隔たりができてしまうのは当然ですが、やっぱり若い時の体から変わってしまうのは、女性としてショックなものです。

物語の後半ではデリケートなテーマを

竹山……颯子はあることをきっかけに、美鈴と行ったレストランのオーナー・星とデートすることになります。星は女性をぐいぐいリードするタイプの男性ですが、自分の価値観を女性に押し付けるところがありました。インターネットの「男受けする下着アンケート」などを見ると、颯子は「うるせえ、ばか」と思うような女性で、あまりに爽快な彼女の姿に大笑いしてしまいました。

蛭田……女性に自分の好みをリクエストする男性に、悪意はまったくないんですよね。星みたいな人と一緒にいるほうが楽だと思う女性もいるでしょうが、颯子のパートナーとして考えると星は彼女に合わないんです。

佐藤……星と向き合ったことで、伊佐治への気持ちに気づいた颯子でしたが、その後、彼女には大変なことが待ち受けていました。今、女性が何かをきっかけに変わっていく流れのお仕事小説は、たくさん刊行されていますが、この『フィッターXの異常な愛情』はまったく新しい形をとられています。エンディングに重いテーマを加えたことで現実感が出てきますし、ほかの作品よりも秀でているように感じました。

竹山……颯子が経験したことは、女性だったら誰でも、自分の身に起こるかもしれないという怖さがありますよね。

蛭田……物語の後半は、連載時とはまったく違うものにしています。物語の後半で語っていることはとてもデリケートなテーマを含んでいますので、いろいろ調べて書きました。

きらら……ラストでは華江店長と伊佐治との関係が明かされたり、毒舌ばかりだった伊佐治が颯子をどう見ていたかもわかり、本当にドラマチックな展開にうるっときちゃいました。伊佐治は素敵な男性ですね。

蛭田……ずっと何を考えているのか頭の中が見えない感じがしていました。後半を改稿したあたりから、ようやく自分の中でしっくりくるものがあったというか、このキャラクターを好きだなと思いました。

竹山……私は蛭田さんが描かれる「人と人との距離の取り方」をすごくいいなあと思っていたんです。更にこの作品を読んで蛭田さんの「人との向き合い方」も好きだなあと思いました。『フィッターXの異常な愛情』を読んで「今のままでいいから胸を張ろう」と気持ちが楽になりました。

蛭田……楽しい気持ちになったり、ちょっと頑張ろうかなと前向きな気持ちになっていただけたら嬉しいですね。みなさん、それぞれ大変なので、少しでも軽くできるお手伝いができればいいなと思っています。

(構成/清水志保)
 

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