反面教師になる人物を描く
小出……最新刊『鸚鵡楼の惨劇』をさっそく拝読しました。第1章では、1962年、西新宿・十二社にある洋館の「鸚鵡楼」で起こった殺人事件が描かれています。表向きは料亭だったものの、裏ではいかがわしい商売をしていた「鸚鵡楼」ですが、この舞台となる洋館は実際にあったんですか?
真梨……「鸚鵡楼」自体は、全くの創作です。当時の趣が残る小笠原伯爵邸からイマジネーションが湧き、「鸚鵡楼」という館が出来上がりました。
この作品では、本格推理に挑戦したかった。本格推理といえば、洋館が出てきますよね(笑)。昭和30年代頃の西新宿には十二社池があり、その周辺はいわゆる花街でした。「西新宿に洋館があったら、どんな事件が起きるだろうか」というところからフィクションを書いています。
佐伯……家が飲食店を営む小学生の“僕”は、「鸚鵡楼」に出前へ行った際に、同級生のミズキの秘密を知ってしまいます。ミズキが性的ないたずらをされているシーンなど、きわどい描写が多かったです。
真梨……昔のヨーロッパでは、建前で聖書を読んで、陰では小説を読むような文化があったように、本来、小説はいかがわしいもののような気がするんです。ただスキャンダルとエロティックなものだけでは、女性読者は納得しません。オブラートに包んで嫌悪感を与えないようにしています。
小出……いい意味で、女性週刊誌的な覗き見感覚で、気負わずにするりと読めてしまいますが、この作品の根底には、幼女虐待という難しいテーマがありますよね。
真梨……常にエンターテインメントに徹していますが、どの作品でも問題提起をしているんです。『殺人鬼フジコの衝動』ではいじめ、『鸚鵡楼の惨劇』では、幼い性の搾取。上から目線で問題提起したところで、うまく浸透していかないので、下から突き上げるように、あえて下衆っぽく書くことで、残酷さを表現できたらと思っています。
一人称で書くと、どうしても読者の方が、登場人物に感情移入してしまうので、絶対に共感できないようなろくでもない人間を描くようにしています。途中で放り投げずに最後まで読めるように、ジェットコースター的なストーリー運びの中で、反面教師になる人物を描くよう意識しています。
個々のエピソードを重ねて編集する
きらら……第2章では、バブル期の1991年を舞台に、人気エッセイスト・蜂塚沙保里の視点で描かれています。沙保里の元彼・河上航一は、幼女強姦の罪で捕まっており、沙保里は、テレゴニー(雌が以前ある雄と交わり、その後その雄とは別の雄との間に生んだ子に、前の雄の特徴が遺伝する、という説)によって、息子の駿も犯罪者になるかもしれないと悩んでいますが、テレゴニー説が実際に起こるとしたら、ちょっと怖いですね。
真梨……いつも気になったネタはメモしているのですが、テレゴニー説もその一つでした。私の創作の癖なんですが、たくさんの面白いネタをより効果的に作中に盛り込みたいんですよね。今回でしたら、テレゴニー説や鸚鵡が80年も生きることなど、ネタをてんこ盛りにしたものをどううまく料理するか。テレゴニー説を活かせる物語の中に、鸚鵡の話にも触れるよう、行きつ戻りつしながら書いていくと、タペストリーが出来上がるような感じです。クロスカッティングという映画の作り方に近いと思うのですが、ストーリーありきというよりは、個々のエピソードを重ねて編集しながら書くほうが好きです。
小出……沙保里と駿が通う幼稚園のママ友との関係には、今の時代にも通じるところがありましたね。
真梨……ちょうどバブルの頃、幼児教室で仕事をしていたことがあって、お受験の世界を垣間見ました。「どんなにがんばっていい大学に受かって、さらに大企業に入っても、出世するかどうかは、出身幼稚園で決まる」と言っているお母さんがいて、カルチャーショックを受けました。まだ負け組や勝ち組という言葉もない時代でしたが、勝ち組の中でも上には上がいるんですよ。
佐伯……この作品では随所に映画や海外ドラマが出てくるのがよかったです。『ツイン・ピークス』も当時、とても流行りましたよね。
真梨……当時、『ツイン・ピークス』はなかなかレンタルできなくて、返しに来た人を捕まえて借りたことがあります(笑)。あんなにマニアックな映画に多くの人がハマったわけは、ラストの衝撃云々というよりも、怪しい人のオンパレードが話を引っ張っていく展開だったこと。『鸚鵡楼の惨劇』でも、変なキャラクターをたくさん出しています。
小出……『鸚鵡楼の惨劇』は、読んでいるうちに、登場人物の相関図が欲しくなりました(笑)。私はミステリーで上手に犯人を当てられるほうではないので、謎を追っていかなくても、とにかく楽しく読み進むことができました。
真梨……エピソードが面白いなら犯人は誰でもいいという読者と、何が何でもラストで犯人を確認したい、という二通りのタイプがいますよね。今回は登場人物が多いので、ミステリー好きの男性でしたら、メモを取りながら読まれるでしょうし、女性でしたら、ぶっ飛んでいるエピソードをそのまま楽しんで読まれるように思います。
乱暴な書き方をするとリアリティが増す
佐伯……2006年に舞台が移る第3章では、先の第2章で起きた「鸚鵡楼の惨劇」と呼ばれる事件を映画化することになります。映画の宣伝のために、映画関係者が「鸚鵡楼の惨劇」事件をインターネットに書き込みますが、これは本当に有りそうですね。
真梨……バブルの頃と現代の大きな違いは、インターネットの存在なんです。時代性を映すアイコンタクトの意味としてあえてベタな手法を使うと、読者に効果的に訴求できるのではないかと、ネットの匿名掲示板をそのまま表記するという直球を投げてみました。インターネット上での文言は、稚拙にしたり、わざと乱暴な書き方をすると、かえってリアリティが増します。この手法を使われている作家の方はほかにもいらっしゃるでしょうね。
小出……この映画の犯人役・マサキは、お小遣い稼ぎに同性に身体を売っています。彩り程度に色っぽいシーンが入っているのかと思いきや、しっかりと描かれていて電車の中で読んでいると、後ろにいる乗客の方が気になりました(笑)。
真梨……会社員時代に、同僚の男性がたまたま行った上野の映画館で、同性の方から誘われたことがあったんです。このエピソードも、コラージュしてごちゃごちゃにかき混ぜるのが、私なりの演出方法なんでしょうね。
世間が好むのは、本音と建前の間の部分で、絶対みなさん、下衆な話が好き(笑)。作家をやっているからには、教科書に載るような褒められる作品を書いておきたい欲はあるんですが、私は下衆な部分を担っていきたい。もうこの一本道と決めたからには、綺麗事を言わずに、潔く最初から最後まで下衆を貫こうと覚悟しています。
きらら……映画の話題作りのためにはなんでもやる、同性愛者の映画プロデューサー・大倉がとても気になりました。後半では、この大倉がとても重要な役割を担いますね。
真梨……とにかく非情なプロデューサー像にしたかったんです。心に闇を抱えている大倉がいい味を出していて、かなり気に入っています。ゲラを読み返しているうちに、もう一度ほかの作品でも大倉を登場させたいと思いました。
『殺人鬼フジコ〜』のヒットに救われた
佐伯……映画製作から7年が経った第4章では、いよいよ「鸚鵡楼の惨劇」事件の真相に迫ります。随所に張り巡らされていた伏線が回収され、こんな言い方はおこがましいですが、ミステリーとしての出来がとてもよかったです。
1962年の最初の殺人事件から2013年にまで話が及びますが、プロットは用意されていたんでしょうか?
真梨……それがいつも見事なぐらいに行き当たりばったりなんですよね。下手をするともう着地点に辿りつけないまま迷走してお蔵入りになってしまいそうなほど(笑)。読者を騙すには、まず作者の自分を騙さないといけません。どんなふうに話が転がっていくかは、未知のままです。実は、真犯人も私が想像もしていない人物でした。
小出……これだけ複雑なものがよく絡まらずに書けましたね。
真梨……今回は自分でもびっくりするくらい奇跡的にきれいに着地しています。まさに推理の神様が降りてきました。
佐伯……ベストセラー『殺人鬼フジコの衝動』でも、残虐なシーンを描かれていますが、ご自身で書かれていて怖くなることはありませんか?
真梨……ありますよ(笑)。デビュー作の『孤虫症』を書いた時は、少し神経質になってしまいました。街を歩いていても、通行人が突然襲ってきたらどうしようと、リスクばかり考えるようになって人込みが苦手になりました。職業病なんでしょうが、この想像力がないと小説は書けません。
最近も季節柄、日常にある怖い話というオーダーで、いくつか短編を書いたんですが、どんどん妄想を広げていくと、実生活でも気になることが増えてしまって……。妄想力に秀でている方が作家になると思いますが、私も負けていないかもしれません(笑)。
きらら……真梨さんは“イヤミス”作品を書かれているので、ちょっと怖い感じの方なのかなと想像していたのですが(笑)、実際はとても気さくで明るい方だったので、ほっとしました。
真梨……小説に出てくるようなエキセントリックな人物なのでは……と、思われていることが多いようです(笑)。実際にはそんなことはありません。もっとも、イジメや虐待などは、それに近いことを経験したり目撃したりはしましたが。誰もが経験するような日常的な事柄に外連味を加えて、さらに大袈裟に膨らませて“事件”にするのが、作家の腕の見せ所だと思います。殺人にしろ、いじめにしろ、実際に経験しないと書けないとしたら、波瀾万丈な人生を歩まなくちゃいけないですもんね(笑)。
デフォルメは私の小説の特徴の一つで、デフォルメすると逆に本質を露にできる。妄想力とデフォルメ力は、私の作家としての一番の素質です。
佐伯……文庫『殺人鬼フジコの衝動』は、当店でたくさん売り上げました。『鸚鵡楼の惨劇』もつい朝まで夢中になって読んだほど面白かった。この作品も展開していきたいです。
真梨……売れない時期が長く、実はもう筆を折ろうかと思っていた頃に、『殺人鬼フジコの衝動』がヒットして、私自身がとても救われました。売りにくい作風なのに、書店員さんに大プッシュしていただき、本当に感謝しています。ありがとうございました。『鸚鵡楼の惨劇』は、私の自信作です。どうぞよろしくお願いいたします。
(構成/清水志保) |