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刑事という生き物の特異性を人物造形に

宇田川……翔田さんといえば、江戸川乱歩賞を受賞された『誘拐児』という代表作をまず思い出します。すでに誘拐ミステリーの素晴らしい作品を発表されていらっしゃるのに、『真犯人』でも誘拐をテーマに選ばれたのは、なにか理由があるのでしょうか?

翔田……誘拐事件というのはほかのミステリー作家の方も多く書かれている題材で、使い古された印象があります。それでもミステリー好きは誘拐モノについ食指が伸びるものですし、全く新しい要素を付け加えた誘拐事件モノを書こうと思いました。
 誘拐事件の一番のキーポイントは、なんといっても身代金の奪取。どういった方法で犯人が金を受け取るのか考えているうちに、いっそのことお金は取られないけど、時効になってしまった話はどうかと思い至りました。「時効」という時間の壁を盛り込むことで、より読者の興味を引きたかったんです。

狩野……『真犯人』を読んだあとに、もう一度、『誘拐児』を読み直してみたんです。誘拐事件を追う話という共通点はありながらも、『真犯人』では41年前の事件の再捜査という時間の重みや、刑事たちの執念などが描かれていて、作品に凄みが増していましたね。

きらら……昭和49年に起きた守くん誘拐殺人事件は、時効直前に再捜査したにもかかわらず、未解決で終わってしまった事件でした。平成27年に、守の父親・須藤が他殺体で発見される事件が起こり、二つの事件の関連性を疑った静岡県警は、三度、この誘拐事件を捜査することになります。

狩野……時効直前の再捜査を指揮した元警視・重藤を、現役刑事の日下が訪ねますが、過去の捜査と現代の捜査が複雑に絡み合っていきますね。どう捜査が進んでいくのか、頁をめくる手が止まらなかったです。

宇田川……物語のメインの謎は時効を迎えてしまった誘拐事件ですし、タイトルがずばり『真犯人』ですから、誰が守を殺害したのかがまず気になって仕方がなかったです(笑)。須藤の事件の犯人も41年前の犯人と同一人物なのか、それとも違う人間なのか。第二章から時効前の昭和63年の再捜査の実情が明かされますが、謎が謎を呼ぶ巧みな構成で、事件が解決しないとわかっていながらも面白く読めました。

翔田……自分の頭の中でも、混乱する要素の多い小説でした。どの刑事が何をどこまで確認できていたのか、どういった物証や証言があったのかなど、時系列を含めて詳細に書いた紙を手元に置いて、齟齬がないように書き進めていきました。

狩野……今までどの刑事たちも、同じようなやり方で捜査をしているイメージが僕の中にはあったんです。でも『真犯人』を読むと、同じ事件を追っていてもそれぞれが違ったアプローチをした捜査方法で、事件の真相に迫っているのがわかりました。

翔田……人員が代われば同じものを見ていても、それに対して違う答えが出てきますよね。警視の重藤が指揮する特別捜査班には六人の刑事が出てきますが、同じ色合いの人物像にならないように、言動や物の考え方にも気を使いながら描いていきました。
 どこか冷めた目で捜査していた勝田という刑事が、あることをきっかけに獲物をみつけた猟犬のように豹変しますが、刑事という生き物のある種の特異性を勝田という人物造形に落とし込んだりもしています。

きらら……守は引っ越したばかりの家の前で突然、姿を消しました。隣に住む女性に刑事たちが事情を聞きますが、この女性は隣の家を逐一観察しているような人でとても事細かに証言をします。
 書店員の方の感想の中に「こういうおばさんは昔、よくいたような気がする」と書かれていたものがあって、この作品には昭和という時代の空気がうまく流れているように感じました。

宇田川……観察眼に優れた辰川という刑事は、いわゆる「昭和の刑事らしい刑事」という立ち位置でしたね。もし彼が平成の現代に登場していたら、ちょっとうそっぽく感じられたかもしれません。刑事のキャラクター造形も昭和という時代背景にすごくマッチしています。

翔田……僕自身がリアルタイムで昭和30年代、40年代を過ごしてきた人間なので、その時代の雰囲気はよく知っていますからね(笑)。今、もしこのような誘拐事件が起きたとしたら、警察にはもっと多くの捜査手段が考えられます。GPSや防犯カメラなどの犯人の足取りがわかるようなシステムもあり、現代が舞台のミステリーを書くと、手足を縛られてしまっているような状況です。『真犯人』で大本の事件を少し時代の溯ったところに設定しているのは、そういった事情もありました。

読者を惹きつけられるように逆算

きらら……重藤たちが捜査を進めるうちに、米山という男が捜査線上に浮かんできます。誘拐事件当時、大学生だった米山は幼児性愛者でネクロフィリア。しかもある犯罪にも絡んでいて、本当に薄気味悪い男でした。

翔田……善人面した犯人もいれば、一般市民に溶け込んで目立たない凶悪犯もいます。さまざまな悪の要素を抱えていて、それが少しずつにじみ出てくるような犯罪者もいる。当時の時代背景を踏まえて、米山がどんな犯罪にどんな意図で加わったかを考えながら、ある種の魅力がある犯罪者として描きたかったんです。

狩野……これだけ有能な刑事が集まり、有力な情報を手にしながらも、どういう流れで時効を迎えるのかも読みどころの一つでした。僕は重藤が好きでしたが、事件を解決できず、本当に悔しかっただろうと思いました。

翔田……頭のきれる警視というのはかっこいいですし、重藤に感情移入しながら書いていたところがありました。それでも物語をぐっと引き締めるために、重藤には完全に敗北してもらいました。

宇田川……過去の捜査に関わった人たちの思いを背負いながら、時代を超えて現代パートの刑事たちが捜査していく。事件を解決できなかった重藤の無念さがわかるぶん、読者もよりいっそう事件を解決してほしいという気持ちになりますよね。

狩野……殺害された須藤は、守の母親と離婚していて、娘の理恵とも疎遠です。高級外車の販売店のオーナーをしていますが、きな臭い話も多く、被害者でありながらどこか怪しい人物でした。

翔田……三軒茶屋あたりを歩いていると、高級外車を売っているお店がたくさんあって、どんな人がオーナーなんだろうと想像してみたことがあったんです。おそらく非常に商才に長けていて、派手好きな一面もありつつ、一方で子煩悩な一面もあるような人かなと。もしそういう多面性のある人物なら、殺人事件のキーマンになり得ます。須藤の人物像は、読者を惹きつけられるように逆算して出来上がりました。

きらら……守の姉の理恵もとても気になる存在になっていましたね。事件当時、まだ小学生だった理恵が、現代パートではきれいな女性に成長して登場します。緊張感のある話が続くなかで、理恵の存在はいい意味で際立っていました。

翔田……それはきっと物語の約束事だからじゃないでしょうか(笑)。魅力的な男性の主人公がいたら、物語のもう一つの柱として、ヒロイン的な女性は絶対必要です。

自然な形で41年間残っていた証拠

狩野……「絶対にこの人が犯人だ!」と思ってはいても、どんどんほかにも犯人と疑いたくなるような人が出てきて、最後の最後まで真犯人に辿り着けなかったです。

翔田……謎が解き明かされていく道筋が、一本道だと読者もつまらないですよね。いくつもの方向性が提示されていて、Aだと思っていたらBの可能性が強くなる。でも本当はCかもしれない、とどんでん返しが何回も起こって、最後に意外な結末になるように意識しています。

宇田川……『真犯人』のラストでは、本当に予想外の真相へと繋がっていきますものね。

翔田……真犯人が誰なのかは、書き始めた当初から決めていました。ただ犯人を特定する根拠は、読者の方が腑に落ちるものになるように最後の最後まで考え抜きました。自然な流れで41年間残っていて、これだけ捜査して見つからなかったものが、ごく自然な流れで露見していくように描きました。

狩野……そこが本当にすごいんですよね。どうやったらそういった発想が出てくるのでしょう。

宇田川……誘拐ミステリーとしても捜査小説としても一級品であり、この『真犯人』はまさに翔田さんの最高傑作だと思っています。「直当たり」といった聞き慣れない捜査用語も出てきて、刑事たちの仕事の舞台裏を見ているようでした。

翔田……ありがとうございます。この小説では捜査小説のウエイトが大きいんですよね。読者の頭の中で映像がダイナミックに躍動するように、あえて刑事たちを静岡や東京へとあちこちに、捜査に走り回らせています。
 身代金の受け渡しの舞台になる高速道路は、実際に僕も現地に行って細かく確認してきました。全部本当にこのとおりになっているので、読者のみなさんにもぜひ見に行っていただきたいですね(笑)。

狩野……東名高速を車で走ったことがある方たちが読むと、「これはあそこだな」とピンとくるでしょうね(笑)。

翔田……小説を書く時に、物語に都合がよい架空の街を舞台にするよりも、実在の地名が出てくる話のほうが読者にリアリティを感じてもらえるはずです。裾野は田園地帯で自然が多いところなのですが、ほど近い三島や沼津は繁華な街で、面白い地域なんです。

宇田川……個人的な話で恐縮ですが、僕は何度か行ったことがあったので、情景を思い描きやすかったですよ(笑)。

翔田……小説を書くという作業はとても孤独な作業で、自分の小説がいいのか悪いのか、だんだんと麻痺してきてわからなくなってきます。自分が書いているものの手応えがなくなってきて、不安になることも多いのですが、今日はお二人とお話しさせていただき楽しかったです。
 次作では『誘拐児』でも『真犯人』でもない全く違う構造の誘拐モノを考えています。今日のお話を励みにしながら小説を書いていきますので、これからもよろしくお願いいたします。

 

(構成/清水志保)
 

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