from book shop
  熱烈インタビュー作家さん直筆メッセージPICKUP著者インタビュー書店員さんおすすめ本コラムコミックエッセイ!「本の妖精 夫久山徳三郎」

明治が舞台でも現代と地続きの物語に

高頭……大島さんは女性の友情をテーマにした作品を多く書かれていて、私も大好きな小説がたくさんありますが、この『空に牡丹』では明治を舞台に、今までの小説以上に大きなスケール感がありました。花火で財を失った静助さんという人の物語ですが、モデルにされた方がいるのでしょうか?

大島……モデルにした人物はいますが、有名な人ではありません。ずっと前から次の「きらら」での連載は、『ビターシュガー 虹色天気雨2』の続編を書くことに決めていて、その年の年賀状でもそう報告していたくらいだったんですが、花火で散財したある人の話を聞いてから、自然と彼を書きたい気持ちが湧いてきました。連載の順番を入れ替えて、まずこの話を書くことに決めたんです。

高頭……語り手である「私」には、静助さんというご先祖さまがいます。親族の誰もが語りたくなる静助さんの物語が、「私」が綴った形で語られていきますが、この「私」がいったいどういう人なのかがわからない。私の親族にも、誰も会ったことがないのに、今でもちらっと会話に出てくるような人がいますが、この語り手の視点が効いていますね。

大島……静助さんの物語の語り手が誰なのかはっきりさせるために、「私」という視点の軸を作りました。書店員の方の感想を読むと、いまを生きる「私」を据えたことで、明治を舞台にした小説であっても、現代と地続きの物語のように感じていただけているようでよかったです。
 冒頭で「私」が齢百歳を超えた大叔父に物語の許可を取ったと出てきますが、実は大叔父が突然出てきてびっくりしたんです。いつも先がわからないまま書き進めていますが、最後の最後になってこの大叔父がとても重要な人だったとわかりました(笑)。

内田……大島さんの小説はいつも人物の配置が絶妙ですが、今回とくに設定が巧みでした。大地主の次男坊の静助と農家の四男の了吉、静助たちが通っていた寺子屋の向陽先生の孫で孤児の琴音、という幼馴染み三人が登場しますね。

大島……小説を書く前に、男の子二人と女の子一人が登場するのは決めていましたが、なかなか書き出せずにいたんです。偶然、家の近所の小学校が城跡に建っていることを知って、静助さんたちの通うことになる小学校も高台の城跡にあるんだと気づきました。ドアが開くように物語の全容が見えてくるようで、これでこの小説を書けると思ったんですよ(笑)。

無限の凄さを持った人がたくさんいる

内田……静助は村の焔硝蔵に住む杢のところで、初めて打ち上げ花火を目にします。
 杢の花火はきっと現代の花火とは違っていて、どんなものだったのかなと想像しました。

大島……シューッて上がってポンと鳴るぐらいのロケット花火程度のもので、きれいな丸い形にはなっていない花火ですね。明治時代は和火が洋火へと移り変わっていく時期だったので、当時の花火を詳しく知るために、書き出す前に明治創業の花火屋さんで取材もしました。花火師の方はお話上手の方が多くて、今の花火のこともたくさん話してくださいました。
 この小説を書くうちに花火のことが思いのほか詳しくなってしまったので、時代モノのドラマなどで鮮やかな花火がぽんぽん上がっているのを見ると、「これは違うわ」と思ったりします(笑)。

内田……江戸で名の通った花火屋で働いていた杢を口説いて、静助は花火を作るようになっていきますが、どうして杢が焔硝蔵に住んでいたのか、時代背景に沿ってきちんとした理由付けがあって、違和感なく物語に溶け込んでいました。

大島……当時の資料などは目を通しましたが、自分がわからないことは無理には書かないようにしています。ご一新で全てが変わってしまったこの時代で、静助の父親で大地主の庄左衛門と杢との関係を考えると、杢がこの村にいられる理由などは、すべての辻褄があっているはずです。

内田……静助は一度東京に出たものの、村での生活のほうが肌に合っていて出戻ります。その一方で、了吉は静助の母親・粂が始めた洋物店で働き、東京に出て商才を発揮していく。子どもの頃の了吉からは想像できないほど、うまく時代の波にのっていきますね。

大島……了吉と静助は、外に向かって行く人と変わらず留まる人、というぼんやりとした対比はあったんですが、こんなに了吉が成功するとは思ってはいなかった。ただ明治のような時代だと、うっかり儲けすぎてしまう人が出てくるんですよね。

高頭……一方、琴音はお互い淡い好意があった人とは結ばれず、求められてある人の元に嫁いだものの、実は夫にある秘密があったり、普通の尺度で考えると少し気の毒な人生を送っています。

大島……琴音の結婚相手もまさか!って思うような人で、自分でもびっくりしましたが、確かに琴音の人生はかわいそうではあります。静助さんがのんきだから、『空に牡丹』はのんきな話だなあと思っていたので、高頭さんにそう指摘されるまで気づかなかったのですが。

内田……同じ筋立てで暗い話にもできるはずなのに、大島さんが書くとあたたかい雰囲気で話が進むんですよね。

高頭……そう、最後まで恨みつらみを抱えて死んでいくのではなくて、人と人の繋がりの中で苦境を受け入れながら、冗談を言い合ったり、時には愚痴を言い合ったりして生き抜いていく。人のしなやかさを描かれていて、ある種のユートピアだと思えるんです。

内田……どんな生き方も肯定してもらえているような気がしてきませんか? 大島さんの小説を読むと、世の中も捨てたもんじゃないと思えます。

高頭……了吉のように時流にのって賢く生きる人もいれば、琴音のように最後まで村から出ずに狭い世界で人生を終える人もいる。その人にとって必要な生き方が必ずあって、外を知らない琴音であっても、ものすごく深い眼差しと知性を持っているように感じられました。

大島……琴音の生き方も、花火で散財した静助さんの生き方も、簡単に愚かだとは言えないですよね。無限の凄さを持っている人が、世の中にはたくさんいると私は信じていますし、そういう気持ちを込めて小説を書いています。

明治時代に何度もトリップした感覚

内田……大島さんの作品の特徴の一つに、登場人物たちの考えを地の文で一人語りさせるというのがあります。ぼんやりしているように見える静助さんが、明治という時代のことを「ぶんどらないと、こちらがぶんどられるという世の中が、つくづく気味悪い」と、思いを吐露する。しっかりとした考えを持っていることを知ることで、読む側は一人一人に思い入れを持つようになります。

高頭……登場人物が思っていることの中に、自分自身が入り込んでいく感じがしますよね。心地よく物語を読んでいるのだけれど、彼らの思いに触れて目眩がするような感じがしたり、時々はっとさせられるんです。静助さんたちの様子からすると、激動の時代に何が起きているのかわからないまま過ごした人もいるんだろうなあと思いました。

大島……風の便りで徳川幕府が瓦解したことを知っただけの村人も、当時は多かったでしょうね。そういう人たちにとっての明治という時代を私も見てみたい気持ちもありました。書きながら何度も明治時代にトリップしているような感覚があって、書いたことでどこか腑に落ちたところもあります。

内田……当時の共同体としての家や村の在り方とか、今説明できる諸々の事がしっかりと書かれていて、時代小説好きが読んでも違和感がなかったです。しっかりと自分の尺度で物を考えている人たちが、花火に対して説明できない思いを語るから胸に響く。僕、どうしても声に出して読みたいところがあるんです。170頁の後ろから3行目の琴音の語りの部分「よくわからないが、その時、琴音はふと、遠い彼方から自分を眺めているような心持ちがしたのだった。(中略)心に花火がぽんと開いたようだった、と。命という花火が」。先ほど高頭さんが「スケール感が違う」と仰ったのはまさにここで、時空を超えた本当に素晴らしい文章です。僕は三回この小説を読ませていただきましたが、三回とも泣きました。

大島……ありがとうございます。高頭さんからいただいた感想では、単行本のオビに使った言葉の部分が泣けたとありました。いま内田さんに読んでいただいたところも、高頭さんに指摘していただいた部分も、私の中ですんなりと出てきた言葉。静助さんが花火に夢中になったのは、やっぱり美しいものが儚く一瞬で消えていくから。人それぞれ咲かせ方は違っても、自分を捨てずに貫いていけば、きっと何かに到達して花開くと願っています。

どうしても最後の三行を書きたくなった

内田……みんなを幸せにする力が、静助さんの花火にはありましたよね。花火のせいで生活が苦しくなって家が傾いてきても、まわりから「あの人だから仕方がない」と許してもらえる。花火を通じて家族だけでなく村人たちも幸せにしたことで、後世の人たちからも静助さんはあたたかく語られていくんですね。

大島……ずっと近くで静助さんを見てきたけれど、彼はこういう人だという視点で書いていないので、私にもわからないところがあります。でもすごく好きな人。だから最後の三行が自然と出てきたんだと思います。連載の終盤に入ってくると、自分でもどんなラストの一行で終わるのか楽しみなんですが、ここまではっきりとした言葉は出てこないんです。「いい花火だったね」という形で終わってもよかったのに、静助さんをすごく好きな気持ちが零れてしまって、どうしても最後の三行が書きたくなりました。

高頭……静助さんの花火屋は可津倉流として繁栄したのに、今ではその名前すら残っていません。それでも人の記憶の中に残っているというのがすごい。私、近くの中学校で上げている小さな花火大会が好きなんです。静助さんたちの花火もきっとそんな感じだったのかなあと想像しました。

内田……僕も作中にあるような川辺でぽんと上がるような花火が、あたたかみがあって好きです。

大島……花火は瞬間の芸術。花火を細かく描写すると嘘くさくなるし、難しいところもありましたが、読み終わったときに、いい花火を見たなと思っていただけたら嬉しいです。

高頭……夜空に咲く花火を一緒に眺めるように、本当にたくさんの人にこの小説を手にとってほしいです。『空に牡丹』を読んで、小さくてもいいから、私なりの花火を上げられたらいいなと思いました。

大島……外部からの決めつけに窮屈だと感じている人に読んでほしいです。いろいろな価値観があっていいし、静助さんのようにこんなにお金を使ってしまっても全然大丈夫。世間が良しとする価値観とは違ったところで生きた人の姿を見て、固定観念の外側があるとわかれば、生きるのが楽になるはず。「空に牡丹」という花火の玉は作ったので、書店員さんにはこの花火を盛大に上げていただきたいです。

 

(構成/清水志保)
 

先頭へ戻る