大津祥子『彼女の最初のパレスチナ人』

カナダ在住、パレスチナ・ルーツの人々の物語
本書は、両親がパレスチナ人で自身はクウェート生まれ、現在はトロント在住で弁護士でもあるという著者が、独自の視点で移民や難民、その子孫をとりまく状況とパレスチナへの思いを描いたフィクションの短篇集(全9篇)である。
各作品には、カナダの都市部在住でパレスチナや中東にルーツを持つ人物(移民やその二世、三世)が描かれる。主な登場人物の年齢は20~40代が中心で、祖父母世代もいる。職業は、芸術家や大学の助教、医師、薬剤師、弁護士、プログラマー等、男女共に多様だ。ガザ南部のラファから亡命した若者もいる。
彼らはカナダ社会に居場所があり、その日常が各ストーリーで語られる。イマジナリー彼女に夢中の大学生(「シンシア」)、コミュ力抜群の中年女性、出産前にキャリアを固める女性、夫婦喧嘩をハグで解決したことにする夫、弁護士事務所の懇親会で自身の売り込みに奮闘する司法修習生(「ザ・ボディ」)、北アフリカの家父長制から逃れて芸術家を目指すベルベル人女性(「ウッドランド」)、レバノンのベイルートで夏の地中海を満喫するクライアントをアテンドした通訳者男性(「反映の空」)、スタートアップを始めてみた中年男性(「人生を楽しめよ、カポ」)など、多様なキャラクターが登場する。
そして、中東の料理や習慣にも心を引かれる。また、カナダ先住民への思いとリスペクトも表現されている。
一方、主人公たちはふとしたことからよそ者感を覚えたり、パレスチナで同胞が苦しむニュースを自分事として受け止めて苦悶したりもする。常に感謝に満ちた姿勢を期待されることに違和感を持つ、難民男性も登場する(「慈善興行」)。
また、1948年のイスラエル建国に伴う難民化(「ウシャンカ」)、中東の王国で二級市民的扱いを受けた難民生活(「王について書いてはいけない」)、2021年5月のイスラエルによるガザ空爆(「人生を楽しめよ、カポ」)、西岸地区で家が取り壊される件(「彼女の最初のパレスチナ人」)も取り上げられている。2021年5月の激しい攻撃の描写から、2023年10月以降のガザの近況を思う方もいるかもしれない。
意表をついた設定で始まり、終盤で想像の斜め上を行く展開が繰り広げられる作品も多い。ストーリーをご堪能いただきつつ、主人公たちの明るさにたくましさ、そして彼らが感じる疎外感、喪失感、この世界のシステムへの絶望感にも触れていただければと思う。
大津祥子(おおつ・しょうこ)
津田塾大学国際関係学科卒業。訳書に『蚊が歴史をつくった─世界史で暗躍する人類最大の敵─』(青土社)、『PHOTO ARK 虫の箱舟─絶滅から動物を守る撮影プロジェクト』(日経ナショナルジオグラフィック)など。


