辛酸なめ子「お金入門」 15.特殊詐欺に遭った友人の脳内ポジティブ変換対処法

辛酸なめ子「お金入門」15
類いない感性で世相を活写しつづける辛酸なめ子さんが、お金と仲良くなって金運をアップするべく模索する日々を綴ります!

 忘れた頃に固定電話にかかってくる詐欺電話。「こちらは池袋郵便局です。お荷物をお届けできずお預かりしております。ご不明な点がある方は1を、再配達ご希望の方は2を押してください」。池袋方面に荷物を送った覚えはないので詐欺だと気付いてスルーしましたが、ここでオペレーターにつながったら個人情報を聞き出される、という流れのようです。「2時間後にお客様のお電話がお使いいただけなくなります」という自動音声の不審な電話もたびたびかかってきます。固定電話にかかってくるのは半分以上が詐欺かセールスなのでこのまま使えなくなってもいい気すらしてきます。

 オレオレ詐欺、SNS型特殊詐欺、ロマンス詐欺、 架空料金請求詐欺……殺伐とした世の中で、特殊詐欺の手口が増え続けています。先日は、札幌市の80代の女性が、宇宙飛行士を騙る男性に「いま宇宙船で宇宙に来ているが、攻撃を受けており酸素が足りない」と、緊急事態を告げられて100万円ほど送金してしまった、という事件がありました。酸素購入のため電子マネーを買うよう指示されたそうです。酸素はお金でなんとかなるもの? と疑念が生じますが、急に非現実的なことを言われると、人は思考停止して信じてしまう、という説もあります。女性は信じやすくて心が優しい方だったのでしょう。

 最近知り合った方の中にも、特殊詐欺に遭ってしまったという人がいました。有能なデザイナーで、世間のこともよく知っている男性なので、だまされるようなタイプには見えません。最初にお酒の席でその体験談を聞いて、詐欺の体験も衝撃的でしたが、そのあとのポジティブな心の切り替え方にも感銘を受けたので、改めてそのMさんに話を伺わせていただきました。

「きっかけは、『あなたのカードが不正に使用されています』という一本の電話だったんです」と、学芸大学のカフェで冷静に語るMさん。あれから4ヶ月ほど経って、客観的に思い出せるようになりましたが、当時はひとりで悩んで周りの誰にも言えなかったそうです。

「2回にわけて大金を振り込むよう指示され、1回目を振り込んだところで詐欺に気付いたので、今こうやって話せています。2回目で全財産振り込んでいたら生きていけなかったと思います。詐欺に気付いて駆け込んだけど、警察の人は結局何もしてくれなかった……。詐欺に遭ったお金は空中で消えてしまったようなもので、もう戻って来ないそうです。ただ事情聴取を受けて被害届を出したくらいでした。詐欺の一味の警察官のほうが熱血で親身になってくれました……」

 Mさんが遭ったのは「警察を装った特殊詐欺」。今かなり増えていて、テレビで公表していましたが、高嶋ちさ子がやられたのも同じ手口だそうです。

「『ザワつく!金曜日』で話していましたが、同じ手口だったので、同じ犯人グループかもしれません。劇団員なのでは? と思うくらい演技力があって、まさに敵ながらあっぱれでした。その瞬間その瞬間、怪しいところがないんです」

 例えばオンラインでビデオ通話をつないだとき、本当に警察署っぽい背景で、後ろを別の警察官が横切ったりするそうです。先日、国際ロマンス詐欺をテーマにした『ラブ・ライズ』という香港映画を観ました。被害者の富裕層の50代女性と、罪悪感から彼女を見守る詐欺師の若い男性との犯罪絡みだけれど何かが芽生えそうな関係を描いた作品です。その詐欺集団のアジトには、電話で演じる詐欺師だけでなく、詐欺の脚本を書く係、小道具を作る美術スタッフまでいました。もしかしたら、Mさんをだました詐欺集団も、そんな風に役割分担していて、詐欺行為自体にある種のやりがいを感じられる環境だったのかもしれません。役者にはなれなかったけれど、今は劇場型詐欺という舞台で演じることで大金を稼いでいる……そんな歪んだモチベーションと、やりがい搾取が絡み合う現場だったのでしょうか。

 ところで、そのあとどんな展開になったのか、Mさんに詳しい経緯を伺います。

「まずカード会社の者だという人から、朝、電話がかかってきたんです。『どこどこで買い物した記録があります』という。『身に覚えがありません』と言うと、『カードが不正使用されています』と告げられました。カードが使われたのが茨城県だそうで、茨城警察署まで行ってください、と言われて急に行けないですよね。『じゃあ特別に警察におつなぎしますんでこのまま電話を切らず待っててください』と言われました」

 いきなり不正使用を告げられ、遠い県に来いと言われ、この時点で相手の設定に強引に取り込まれて思考力がフリーズしてしまいそうです。

「それから、どうやら僕の個人情報を使って別のカードが作られて、そのカードが詐欺に使われて多額の被害を出している、と驚きの事態を告げられます。つまり、被害者でもあると同時に加害者でもあると。『あなたがこのカードを作った人に、自分の個人情報を売ったという疑いがかけられています。あなたは被害者として電話をしていますが、今現在は容疑者です』って言われて『えっ!?』ってなってパニック状態に。でもこの日本において無実なのにさすがに誤認逮捕はされないだろうと思ったのですが、そのあとリモートでつながった警察官が今、僕がどんなにまずい状況なのかくわしく説明してくれたわけです。『Mさん、今は平然としていらっしゃいますが、この状況のまずさはわかってますか?』と」

 警察官によると、カード情報を売って詐欺に加担したと疑われているのはMさん以外にも何十人もいて、一時的に留置場に入れられる可能性もある。そうすると無実を証明するためには、何十人も前にいるので留置場でずっと順番待ちをする羽目になり、仕事先や家族、友人、パートナーにも迷惑をかけて社会的信用を失ってしまう、とのこと。それは社会人として絶対避けたい事態です。自分より年下の若い警察官に状況を告げられて、焦燥感をかき立てられたMさん。

「今になったらバカにしてるな、と思いますが、その警察官の役名は織田でした。『踊る大捜査線』の刑事役を演じた織田裕二からとってますよね」

 詐欺の警察役がノリノリで演じているのが伝わります。

「その警察官、織田刑事は、『こうしてあなたと話してみて、僕はあなたが犯罪を犯す人には思えません』と急に味方っぽくなってきました。さんざん煽っておいて助け舟を出してくる、というテクニックで操られてしまいました。『このままだと、あなたはいつ逮捕状が出てもおかしくない状況です。あなたはこのままだと逮捕されて留置場に入り、長い間出てこられなくなってしまいます。前に順番待ちしている人が数十人いるので出られるのは約2年後。その間、友人にも知人にも会えません。ただ、一つだけ方法がありますので、一緒にがんばりましょう』という言葉に僕も希望を感じて嬉しくなってきました」

 後日、この詐欺の被害届を出した警察の塩対応と比べると、熱血でずいぶん親身に対応してくれた織田刑事。彼の言う一つの方法、最後の手段とは「優先調査」を検事に志願すること。ちなみに「優先調査」というものは実際にはないようです。熱血刑事は、自分の首をかけてもMさんを助けたい、とまで言ってくれました。

「刑事生命をかけてあなたを守りたい。僕みたいなぺーぺーの警察官でも検事と対等に話せる切り札があるんです。辞表を書いて懇願書を提出することで、優先調査をお願いすることができます」

 そのあと電話が代わって検事と話せる機会をもらいましたが、冷たい対応で話を聞いてもらえません。織田刑事に「僕もできる限りのことをしますから」と、励まされ、また検事と話せるチャンスを作ると言われたそうです。それから、自分のこれからの人生について悶々と思い悩んだMさん。警察の調査中なので、ネットを見ることも、友人知人に連絡を取ることも禁じられ、体調が悪いと言って会社もしばらく休むことに。この、周りからの遮断、というのも詐欺師の常套手段です。

 そして次の日、織田刑事と2人でなんとか検事を説得し「優先調査」を勝ち取ることができました。その時、織田刑事も画面ごしに一緒に泣いてくれたそうです。内心は、大金をゲットできるめどがついた感動の涙だったのでしょう……。

「検事は、『私の本意ではないですが、織田刑事の懇願書もあるから優先調査いたします。そのかわり、資産の差し押さえをさせていただきます』と言ってきました」

 資産を一時的に管理し、調査する必要があるので、貯金をいったん預ける必要があるとのこと。そのあと、ちゃんと返してくれるので心配ないと説明されます。

「茨城県警のハンコが押された書面をもらったんですが、いくら差し押さえて、返還します、と書かれている証明書でした。調査に協力してもらった調査証明書も発行するので安心してください、と言われて、何の疑いもなく振り込んでしまったんです」

 大金なので2度にわけて振り込むことになり、Mさんは結果的に1度振り込んだところで「もしかして詐欺?」と気付いたそうです。

「疑いの心が芽生えたので検索してみたらすぐ詐欺って出てきました。それですぐに警察に駆け込んだら、『同様の被害が増えています』と言われました。もうお金は返ってこないそうで、貯めていたお金がごっそりなくなってしまいました」

 と、遠い目で語るMさん。

「高嶋ちさ子がだまされるぐらいですし、あれは皆ひっかかると思います。最初に容疑者ですって言われたときにあやしいと思えるかどうか、そこしか引き返せるポイントはない気がする。一度信じてしまうともう正常な判断ができなくなってしまいますから」

 Mさんは創作活動もしていますが、詐欺のショックのさなかに描いた絵は、今までの自分のタッチとは全く違う、岡本太郎のような作風だったそうです。

「追い込まれたときに描いた鬼気迫るタッチでした。自分になかったものを引き出されたようで、この二面性はいつか役に立つと思っています。苦しい思いや経験をしたことで、作品に厚みが出るといいと思います。ただ幸せで満たされている人は、おもしろい作品は生み出せないですよね」

 クリエイターにとって、どんな経験も芸の肥やしになります。Mさんは、もう脳内で「ポジティブ変換」をすませて早くも気持ちを切り替えつつあるようです。私ならしばらく怒りや無念で悶々としそうですが、恨みつらみといったネガティブな感情を手放せるのが素晴らしいです。

「詐欺に遭った反動で、今、いい縁や仕事を引き寄せている。チャンスにも恵まれています。それに払ったと思えばいいかな、って。それに成功をおさめている人って、たいてい若いときに苦労したり試練に遭ったりしてますよね。僕はそれがなくて順調に来ていたのが逆にコンプレックスだったんです。だから、成功する前に詐欺に遭ってむしろよかったです。失うお金も少なくすんで。もし、僕がすでに成功していて詐欺に遭ったらもっと大金を払ってしまっていました。今では、これをバネにもっと成功しなければ、と思っています。お金のリミッター的に、失った高級外車一台分のお金は、自分にとって大した額ではない、と思えるほどに稼ぎたいです。僕はスピリチュアルに考えがちですが、今回のことは、これから気を引き締めなさい、と言われたような気がしました。これはもう、起こるべくして起きたことなんだ、変化の前の浄化なんだ、と自分に言い聞かせています」

 織田刑事がいつか塀の中でこの言葉を知ったら、今度は本物の涙を流しそうです。お金は回りものなので、手放した以上に、きっといつか何倍にもなって戻ってくるのを信じ、応援したいです。そして、前にフリーメイソン詐欺(フリーメイソンに入れてあげるとインスタのDMで言われて500ドルを要求される)に引っかかりかけた私も、他人事ではありません。とくにロマンス詐欺に対して気を引き締めなければ、と思いました。

今月の一言

詐欺には遭わないほうが絶対いいですが、もし遭ってしまったら、失ったものより今までの人生で得てきたものにフォーカスすることで乗り越える力がわいてきます。

 

辛酸なめ子「お金入門」15 イラスト

(次回は11月24日に公開予定です)

 


辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『煩悩ディスタンス』『江戸時代のオタクファイル』『世界はハラスメントでできている』などがある。
Xアカウント@godblessnameko

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