◎編集者コラム◎ 『カレーライスはどこから来たのか』水野仁輔
◎編集者コラム◎
『カレーライスはどこから来たのか』水野仁輔
日本人のソウルフードといわれるカレーライス。皆さん大好きですよね。でもそれがどこから日本に来たのか、そのルーツについてはほとんど知られていません。
NHK『きょうの料理』『趣味どきっ!』などの講師としても知られ、カレーに関する著書を50冊以上も上梓しているカレー研究家の水野仁輔さんは、長年この謎を解明したいと思っていました。
2013年刊行の『銀座ナイルレストラン物語』という文庫を私が担当し、次の企画についてご相談していたとき、水野さんがぽつりと「実はいま、カレーライスのルーツを探して、全国の港を回っているんですよね」と漏らしました。
なぜカレーで港なのか?
聞くとこういうことでした。文献などによると日本にカレーが入ってきたのは約150年前の幕末、明治期のこと。海外からの舶来品の中にカレー粉が入っていたそうです。当時は飛行機などありませんので、黒船に乗って海路から来たことになります。だから日本の主な港を回って取材をしていると水野さんはいうのです。
水野さんは平日は広告代理店の社員として忙しく働きながら、休日を使って横須賀、呉、佐世保などの軍港と、横浜、函館、神戸などの商用港をくまなく回り始めました。しかし当時からやっているような老舗レストランは代替わりしていたり、当時のレシピが火災で燃えたりしていたりしていて、カレーが上陸した頃の資料や証言はどこにも残っていませんでした。
海軍カレーで有名な海上自衛隊に取材すると「こちらも知りたいくらいです」と逆取材される始末。外務省、インド大使館、はたまた明治時代から輸入食料品を扱っている高級スーパーの明治屋さんを取材しても手掛かりはありませんでした。
そもそもカレーライスの起源はカレー粉が日本に入ってきたことに始まります。インドのスパイスをヨーロッパ人がカレー粉にして、それが日本に入ってきたのです。では、日本に手掛かりがないならばヨーロッパを取材しようと水野さんは思いつきます。
幕末明治期に日本に来港した船は欧米問わず黒船と呼ばれました。その黒船で運ばれてきたカレーを水野さんは『黒船カレー』と名付けました。
ヨーロッパ取材を計画していた水野さんからある日連絡が入りました。「イギリス取材の日程が決まりました。それから、会社を辞めることにしました」。思わず耳を疑いました。当時勤務していた会社に休暇を打診したけれど、思わしい答えは返ってこなかったとは聞いていましたが、カレーの取材のためにそんな思い切ったことをするとは……。
水野さんは当時奥さんとの間に3人のお子さんをもうけ、3人目は生まれたばかり。しかしその決断を後押ししてくれたのは奥さんだったのです。
水野さんのカレーに対する熱い思いを理解していた奥さんは「今行かなかったら後悔するはず、それだったら3ヶ月限定で取材をして、戻ったらすぐに会社員として働くこと」といってくれたのです。
背水の陣でイギリスに向かった水野さんは果たしてイギリスで、ヨーロッパで黒船カレーに出逢えたのか。その味はどんなものだったのか。
苦闘と笑いと感動に満ちた異色のカレーノンフィクションです。ぜひご一読ください。読んだ後、しみじみカレーライスが食べたくなります。