◉話題作、読んで観る?◉ 第32回「さくら」

◉話題作、読んで観る?◉ 第32回「さくら」

監督:矢崎仁司/脚本:朝西真砂/音楽:アダム・ジョージ/主題歌:東京事変「青のID」/出演:北村匠海 小松菜奈 吉沢亮 小林由依(欅坂46) 水谷果穂 山谷花純 加藤雅也 趙珉和 寺島しのぶ 永瀬正敏/配給:松竹
全国ロードショー中
映画オフィシャルサイト


 直木賞作家・西加奈子の初期小説を、『無伴奏』『スティルライフオブメモリーズ』などエッジの効いた作品で知られる矢崎仁司監督が映画化。主人公一家の末っ子を小松菜奈が演じており、彼女の代表作になりそうな一本だ。

 大学生の薫(北村匠海)の回想から、物語は始まる。学校でいちばんの人気者の兄・一(吉沢亮)、わがままだけど純粋な妹の美貴(小松菜奈)に挟まれた次男・薫の少年時代は、毎日がわくわくする冒険の連続だった。そんな三兄妹を優しい両親(永瀬正敏、寺島しのぶ)と犬のサクラが見守っていた。

 思春期になった一は、交際相手の矢嶋優子(水谷果穂)を自宅に連れてくる。家庭の温かさを知らずに育った優子は最初は無愛想だったが、次第に一たちの屈託のなさに心を開き、サクラをかわいがるようになる。優子とは距離を置いていた美貴は、バスケット部仲間のカオル(小林由依)と懇意になる。

 いつまでも続くと思われた幸せな日々は、一が交通事故に遭ったことで状況が一変。みんなを照らす太陽のような存在だった一は車椅子生活を余儀なくされ、気難しい性格に変わってしまう。暗く沈む家族の中で、唯一はしゃいでいるのが美貴だった。大好きな長兄をひとり占めできることが、美貴はうれしくてしかたない。

 幸せな一家がガラス細工のようにあっけなく壊れていく様子を克明に描くことで、逆説的に家族という存在のかけがえのなさをクローズアップしてみせる。壊れていく家族を、いつも変わらぬ仕草で繋ぎ止めているのが、犬のサクラだった。人間の言葉を解さないサクラだからこそ、一家にとって大切な役割を担うことになる。

 来年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で主人公・渋沢栄一を演じる吉沢、本作の語り部となる北村の落ち着いた演技もいいが、特筆すべきはやはり小松演じる美貴というキャラクターだろう。美貴はあまりに純真すぎるゆえに学校では居場所がなく、美しく成長すると同時に「魔性の女」と化してしまう。そして、自分の魔性さに深く傷つくことにもなる。喪服姿で微笑む小松の美しさは、一度観ると忘れることができない。

 

原作はコレ☟

さくら

『さくら』
西加奈子/著
(小学館文庫)

(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2020年12月号掲載〉

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