◎編集者コラム◎ 『不在者 家裁調査官 加賀美聡子』松下麻理緒
◎編集者コラム◎
『不在者 家裁調査官 加賀美聡子』松下麻理緒
「家族は犯罪のもと!」のメッセージが心に刺さる。「こんなに面白い本10年間も眠らせていて すみません!」──そんなインパクトのある謝罪文が帯に踊る『誤算』は、第27回横溝正史ミステリ大賞・テレビ東京賞を受賞した松下麻理緒のデビュー作である。病気を患う資産家の老人の家で、住み込みの看護師として働き始めたヒロインと、莫大な財産を巡って争う家族たちの事件・・・・・・世間を騒がせた"紀州のドンファン"を彷彿とさせる(というより、小説の方が先に書かれているので、物語に酷似した事件が実際に起きた、という方が正しい)注目のミステリーだ。
起こる事件は俗っぽいのに、端正な文章で紡がれているせいか、ヒロインがおっとりとしてお人好しなせいか、不思議と下品な印象を受けない。それでいて、読む人間の下世話な好奇心をしっかりと満たしてくれて、ページを捲る手が止まらない。希有な才能をもつストーリーテラーだと直感し、『きらら』でインタビューをさせていただいたのが二年前。そのご縁でご執筆いただいたのが、『不在者 家裁調査官 加賀美聡子』である。
さいたま市の古い荒ら屋で、97歳の老婆が亡くなるところから、物語は始まる。夫に先立たれてから三十年もの間、ひとりでつましく暮らしていた偏屈な老婆には、なんと3億円もの遺産があった――。
となれば、そこからは松下麻理緒節。相続人は3人の孫たちだが、「三男の息子の薫に全遺産を与える」という遺言書が見つかり、騒然となる。しかし、当の薫は行方不明であり、孫たちは何とかして遺産を得ようと薫の失踪宣告を申し立てる。
このケースを担当するのが、本作のヒロインである、さいたま家裁の調査官・加賀美聡子だ。家庭裁判所で扱う家事事件や少年犯罪など、家庭内に起こるさまざまなトラブルについて、その背景や原因の調査をするのが、家裁調査官の仕事。当事者にはやっかいな人間もいるし、揉め事に巻き込まれることもある。責任重大でストレスも多い仕事だが、ヒロインの聡子は未済件数が増えていくことに悩みつつも、持ち前の真面目さと誠実さで当事者に向き合っていく。時に、当事者に必要以上の感情移入をしたり、突っ走ったりしてしまう聡子の人間臭さ、不器用さも魅力のひとつだ(ストレスから円形脱毛症になり、髪をおだんごにして出勤するシーンにぐっとこない人がいるだろうか。いや、いるまい)。
行方不明になっている薫の壮絶な生い立ち、薫を翻弄する強烈な母親。一方、東京家裁で発生する前代未聞の不祥事──。後半に向けて予想外の展開を見せるスリリングなクライム・サスペンス、危なっかしい聡子を応援しながら、ぜひ楽しんでください。