物語のつくりかた 第6回 坂崎千春さん(絵本作家・イラストレーター)

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 千葉県のマスコットキャラクター「チーバくん」や、JR東日本の交通系ICカード「Suica」のペンギンなど、坂崎千春さんが生み出したキャラクターは、私たちの生活のさまざまな場面に溶け込んでいる。老若男女を問わず愛される世界観は、いかにして育まれたのか。

 キャラクターデザインを戦略的にひもといてみると、人は複雑なものをなかなか覚えてくれないので、何かひとことで言い表せるくらいシンプルなほうがいいと考えています。たとえば「チーバくん」なら、特徴を細かく説明しなくても、「千葉県のかたちをした真っ赤なキャラクター」のひとことでぱっとイメージできますよね。イラストは情報量が少なければ少ないほど、人の気持ちに入り込みやすいものだと思います。

 実は私自身、こういう仕事をしているのに恥ずかしいのですが、記憶スケッチのような作業がすごく苦手なんです。ドラえもんやサザエさんを記憶だけで描こうとすると、とてもプロが描いたものとは思えないヘンテコなものができあがって愕然とすることがよくあります。だからこそ、誰もがぱっと頭に思い浮かべられることを重要視しているのかもしれません。

 これはいわば、あれこれ飾りすぎない、"引き算"のデザイン。ミッフィーにしても、子どもが簡単に真似て描けるシンプルさがあるからこそ、これほど長く愛されているのではないでしょうか。

 結果として、「チーバくん」も「Suicaのペンギン」も、今こうしてさまざまな場面で使っていただいているのはうれしいことです。どちらも私一人で創り出したキャラクターではなく、クライアントやディレクターなど大勢の人の力があって生まれたものですが、自分が思っていた以上にいい子に育ってくれた印象ですね(笑)。

薬剤師志望から美大へ方向転換

 私はもともと、いわゆる絵の上手な子どもではありませんでした。どちらかというと、絵を描くことよりも本そのものが大好きで、毎週土曜日は本を借りに図書館に通っていました。「ドリトル先生」シリーズとか、『エルマーのぼうけん』といった児童書を夢中になって読みながら、自分でも物語を書いてそこにイラストを添え、手製の絵本を作ったりしていました。いつか本にかかわる仕事ができればいいなと、当時から漠然と考えていましたね。

 その後、中学生になって、高校進学が近づいてくると、必然的に将来の進路について考えるようになります。その際、親からは「何か手に職をつけなさい」とよく言われていたこともあり、薬剤師になれば将来も安泰なのではないかと、高校のときに、理系クラスを選びました。

 ところが根っからの文系なせいか、授業にまったくついていけず、成績もひどい有り様で……。これはまずいぞと方向転換を図り、美大を目指す決意をしました。絵を描く才能はなくても、本のデザインをしたり、誌面のレイアウトをしたりするような仕事であれば、努力でどうにかなるんじゃないかと考えたわけです。

 そして美大を出たあとは、文具メーカーに就職します。小さな会社だったので、商品の企画から制作まで、ひと通り何でもやることができました。商品が生まれる流れを、最初から最後まですべて自分で経験できたのは、後のキャリアにも生きているように思います。

 ちなみに、私が最初に手がけたのは、クリスマス用のグリーティングカード。今でも手元に残していますが、若気の至りなのか、クリスマスカードに和のテイストを取り入れた、ちょっと冒険したデザインでした。自分が描いた絵がこうして商品になって世の中に流通することに、なんとも言えない喜びを感じたのを覚えています。

 また、自分が「作りたいもの」と、「売れるもの」の差を実感できたのは大きかったですね。自信満々で送り出した商品が、さっぱり売れないようなこともありましたが、そのうちに慣れてくると、自分がやりたいことの範囲と、人がいいなと思ってくれるものの接点を探すようになりました。

 当時は景気が良かったこともあり、インクや紙質にこだわることもでき、クリエイターとしてはすごく楽しい環境を与えられていたように思います。気がつけば入社してから六年が経っていました。転機になったのは、ある日会社にかかってきた、某出版社からの電話です。私がイラストを描いた便箋を見て、「このタッチをぜひ本の表紙に使いたいので、イラストレーターさんを紹介してください」と問い合わせをいただいたんです。

 会社員ですから、本来であればそういったオファーはお断りするのですが、この時はたまたま電話を受けた人が気を利かせて、こっそり繋いでくれました。きっと、私が大の本好きであることを知っていたのでしょうね。

 自分の絵が本の表紙に使ってもらえるなんて、またとない機会。会社に内緒でこの仕事をこなしたことで、自分の中に「フリーランスになれば、もっといろんな仕事ができるんだな」という意識が芽生えました。これが独立のきっかけです。

 フリーランスになってすぐに、美大時代の友人の誘いで、絵本のグループ展に参加することになりました。この時に自分で作ったのが、『ペンギンゴコロ』という、のちに「Suicaのペンギン」につながる、ペンギンが登場する作品でした。これが運良く出版社の目にとまり、絵本として発売されることになったんです。本にかかわる仕事がしたいと願っていた私にとって、これはラッキーでした。

キャラクターと絵本 つくりかたの違い

 もともと一つのイラストに短い言葉を添えて表現するのは得意なほうですが、やはり商品やキャラクターをデザインする作業とは根本的に異なります。

 私の場合、絵本を描く時は最初に物語が必要で、事前にプロットを立てるんです。自分が日常の中で面白いなと思ったことや、うれしかったこと、悲しかったことなどをストックしておいて、物語として組み立てていく。そして、それに合わせて舞台やキャラクターを作り込んでいきます。

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 ここ数年は絵本を描くことから少し遠ざかっていて、イラストの仕事がメインになっています。自分としては、イラストだけの表現のほうが正解が見えやすく、決断しやすい側面があります。昔は絵と文字を組み合わせた方がより多くのメッセージを伝えられると思っていましたが、文字を添えず、ただそこにいればいいものだってたくさんあるんだな、と最近わかってきました。これはキャリア二十年を迎えて初めて気づいた、自分の内面的な変化なのかもしれません。

 絵本はすごく個人的な表現で、私の中にあるものを吐き出すイメージに近いもの。一方のキャラクターデザインは、他者からの依頼や使用用途が先にありますから、私自身の欲求は二の次です。

 だから、自分がさほど関心を持っていなかったモチーフを描く機会もあります。たとえばダイハツ・ムーヴの「カクカク・シカジカ」は、キャラクターを依頼されるまでは、鹿を描こうと思ったことなんて一度もなかったですからね。それがキャラクターデザインの面白いところでしょう。

 対照的に、ペンギンは子供の頃から大好きで、自ら絵本の題材にもしていました。ある日、広告代理店からJR東日本のキャンペーンポスターに使うペンギンのイラストの仕事をいただき、のちに、そのペンギンが「Suica」のキャラクターとして使われるようになりました。すべて運とご縁の賜物ですよね。

 ただ、最近は仕事にかまけて、本を読んだり映画を観たり、音楽を聴いたりといった体験が不足しているのを痛感しているんです。これからもまだまだ自分の中にあるものを表現していくためにも、これではいけないなと反省しています。

 先日、三度目の開催を終えた「ペンギン百態」という個展も、できれば千体くらいにペンギンを増やして続けていきたいですし、ネコを題材にしたものも描いてみたい。これまではいろんなものを描けるほうがいいだろうと考えていましたが、私も去年50歳になりましたし、今後はもう少し、自分がただただ楽しんで描ける題材にこだわってみてもいいのかな、と考えています。

(構成/友清 哲 撮影/田中麻以)

坂崎千春(さかざき・ちはる)
千葉県生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。ステーショナリーメーカーの制作室に勤務したのち、1998年に独立、フリーランスのイラストレーター、絵本作家として活動をスタートする。2001年、JR東日本のICカード「Suica」のキャラクターデザインを手がけたことをきっかけに、多くの企業、団体、自治体などのキャラクター制作に携わる。また、絵本作家としては40冊以上の作品を出版している。さらにエッセイの執筆、書籍の装画、挿絵など幅広く活動中。

坂崎千春さんをもっと知る
Q&A

Q1. 絵を描くうえで欠かせないものは?

A1. 締め切りでしょう。これがなければ私はまったく仕事をしないと思います(笑)。

Q2. 夜型? 朝型?

A2. 超夜型。たいてい朝4時くらいに寝て、11時くらいに起きる毎日です。

Q3. 好きな映画は?

A3. たくさんありますが、何度観ても泣けるのは『風の谷のナウシカ』。

Q4. 好きな音楽は?

A4. 一時期はまっていたのは、スピッツや松任谷由実さん。矢野顕子さんのコンサートに毎年行きます。

Q5. アイデアやネタをストックするツールは?

A5. ペンギンのメモ帳。自分のキャラクター商品ですが、方眼紙になっていて使い勝手がいいのです。

Q6. 今一番ほしいものは?

A6. 時間的なメリハリのある、ゆとりある生活。また、それを実現できる強い意志。

Q7. お酒は飲みますか?

A7. 飲みます。好きなのはビールやワイン。

Q8. ストレス解消法は?

A8. 最近、ピラティスを始めました。あとは海外ドラマ鑑賞。

Q9. あこがれの人は?

A9. 故人ですが、児童文学作家の石井桃子さん。一度だけでもお目にかかりたかったですね。

Q10. 今この仕事をしていなかったら、何をしていたと思いますか?

A10. うーん、何をやっていたでしょうね。思いつかないということは、やっぱりこれしかなかったのかもしれません。少なくとも薬剤師にはなれなかったと思いますし(笑)。


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