◎編集者コラム◎ 『アンダークラス』相場英雄
◎編集者コラム◎
『アンダークラス』相場英雄
「1ドル=150円」の円安局面に揺れた今秋。たしかBSの海外ニュースだったと思います。「日本バーゲンセール」というテロップのニュースが流れていました。コロナ禍で厳しくなった入国制限がようやく緩和され、日本が旅行者の滞在先として人気を集めているといった内容でした。
衝撃的だったのは東南アジアの観光客が、日本は安くてうまい、と語っていた映像です。十数年前に東南アジアの途上国に日本人が旅行に行って、パッタイやフォーを数百円で食べる感覚で、現在の海外旅行者は日本のラーメンを食べているのではなかろうか……。そんな実感が身に迫ってきました。同時に、相場さんの『アンダークラス』の時代が本当にやってきちゃったな、と嘆息しました。
本書は警察小説であり、一級の社会派エンタメです。読者は、主人公の田川刑事とともに事件解決の道筋を(ときに回り道をしながら)体感していきます。ところで、ミステリ的な読み解きとは別な部分で、読者は一つの問いに遭遇すると思います。
なぜ日本はここまで貧しくなったのだろうか――。
外国人技能実習生として神戸にやってきたベトナム女性が縫製工場での過酷な労働に耐えかね失踪。その後、秋田に流れ着き、哀しき事件に巻き込まれるところから本書は幕をあけます。はるばる日本にやってきた彼女を、心身共に追い詰める雇用主や多国籍IT企業エリート社員の所業は、日本人の精神の貧困を照らし出すのに余りあるものです。著者は小説を通じ、日本社会の歪みを告発します。ただし、この時点では、日本は「持てる国」に踏みとどまっていたからアジアの諸外国から外国人技能実習生たちはやってきたわけです。
この小説は日本が近い将来「持たざる国」に転落することを再三、警告していました。単行本発売から2年を経たいま、日本が「アンダークラス」に足を踏み入れつつあることを認めざるを得ない局面が近づきつつあります。
そういえば、本書執筆の動機として、著者は数年前、NYに旅行に行ったことをあげていました。いわく、NYでラーメンを食べに街にくり出したら、日本ではとても客をよべないまずいラーメンに5000円以上近くかかったというもの。さて、いまはいくらで彼の地のラーメンを味わうことができるでしょうか。
──担当かしわばらより
『アンダークラス』
相場英雄