◎編集者コラム◎ 『テムズ川の娘』ダイアン・セッターフィールド 訳/高橋尚子
◎編集者コラム◎
『テムズ川の娘』ダイアン・セッターフィールド 訳/高橋尚子
コロナ禍以降、「鈍器本」という言葉をよく耳にしますよね。もはや凶器になるレベルの分厚くて重い本が、ビジネス本市場を中心に、巣ごもり需要で次々とベストセラーになっているとか。
マジですか!?
日頃「分厚くて重い本」ばかり作っては「こういう本は読者が敬遠するのでは…」と周囲から気持ち眉をひそめられ(被害妄想?)、「いやあ、でも欧米では分厚い本の方がよく売れてますます厚くなる傾向にあるらしいし、大概外国語を日本語に訳すと1.5倍近いページ数にはなるのは、これもう、仕方ないことで…」と言い訳していた翻訳書担当としては、これはもう大歓迎の傾向でしかありません!!
そこで今月ご紹介するイギリスの歴史幻想ミステリ小説『テムズ川の娘』(ダイアン・セッターフィールド著、高橋尚子訳)。なんと720頁!文字数にして約40万文字。これは立派な「鈍器本」と言えそうです(文庫本なので凶器になるかどうかは微妙なところですが)。
もちろん、ただ分厚いだけなわけがありません。著者はデビュー作『13番目の物語』が世界で300万部を超える大ベストセラーとなった方。本作もタイムズ紙のベストセラーリスト1位に輝き、20カ国以上で出版され、その面白さ、何より時間を忘れて否応なしに惹き込まれる「物語性」の高さは折り紙付きです。
物語の舞台は19世紀後半、ヴィクトリア時代のイギリス、テムズ川流域にある小村ラドコット。肝っ玉母さんが営む宿屋件居酒屋〈白鳥亭〉では、毎夜村人たちが集まり、酒をぐびぐび呑みながら、肝っ玉母さんの夫やら、われこそはという客やらが披露する、とっておきの「物語」を聴いて大いに盛り上がっています(居酒屋、物語、盛り上がる、という設定だけでテンションが上がりませんか?)。
ある冬至の夜、そこへ少女の死体を抱え重傷を負った大男が現れ、場は騒然。急遽呼ばれた切れ者の看護師リタは、少女の脈を取り瞳孔を見るなどして死亡を確認するのですが、それからしばらくしてなんと少女は息を吹き返すのです…! 酔っぱらい達はさらに盛り上がり、早速村から村へとその「少女の奇跡」を伝えてまわり、すると続々と「少女は私の家族ではないか」と名乗り出る者が現れ…。
少女の謎を解いていくミステリとしての面白さはもちろんのこと、一世紀以上昔の市井の人々の喜怒哀楽溢れる営みが生き生きと描かれ、科学や超自然現象、伝説といった要素や、恋愛小説としての要素もあり、没頭させられること必至。時代を超え、国を超えて、その場にいるような感覚にもさせられる、まさに「物語」の愉しさを満喫できる一冊です。楽しい会食がままならないこの時期、本作を読んでいるだけで〈白鳥亭〉の宴会に参加している気になれるような、そんな愉快な効果もあります。
巣ごもり期の今だからこそ、ぜひ手に取って読んでみてください。そして「時には鈍器本もいいな」と思っていただけたら、鈍器本担当多め編集者としては本望でございます。
──『テムズ川の娘』担当者より
『テムズ川の娘』
ダイアン・セッターフィールド 訳/高橋尚子