◎編集者コラム◎ 『その手を離すのは、私』著/クレア・マッキントッシュ 訳/高橋尚子

◎編集者コラム◎

『その手を離すのは、私』著/クレア・マッキントッシュ 訳/高橋尚子


その手を離すのは、私

 本作『その手を離すのは、私(原題: I LET YOU GO)』は、2014年にイギリスで発表された、元警察官の女性作家によるデビュー作です。サンデータイムズやニューヨークタイムズのベストセラーリスト入りを果たし、国内外の文学賞も受賞している話題作。それに値するだけの優れた文芸ミステリーであることは、間違いありません。

 とはいえ、本国の刊行から6年。出版までなぜこんなに時間がかかってしまったのか。

 白状すると、実は当時、いくつかのルートからこの小説を紹介されて検討したにもかかわらず、二の足を踏み出版を断ってしまったのです……!

 初っぱなから言い訳になりますが。翻訳出版を検討する時には、翻訳者さんに原書を読んでもらいレポートを作ってもらうのが常。本作もレポートを読み、確かに面白そう! と思いました。思いながらもなぜ二の足を踏んでしまったか。それは、本国での売り文句が「『ゴーン・ガール』風小説」だったからなんです。

 世界的な大ベストセラーで映画もヒット、日本では小学館文庫から出ている(←さりげなく宣伝)『ゴーン・ガール』は、言わずと知れた傑作。私も読んだ時には、ド肝を抜かれたものです。そして当時、この成功に続けとばかり、似たテイストの「ガールもの」とも呼ばれるサイコロジカル・スリラーが欧米で次々と出版され、『ゴーン・ガール』を引き合いにした煽り文句をつけて日本にも次々と紹介されてきました。何せ、アメリカだけで600万部超えというオバケ小説ですからね。そこにあやかろう! と編集者やエージェントが考えるのも、当然と言えば当然。そして本作も、そんな作品のひとつだったんです。いい作品なのは間違いない。でも、〝○○風〟と謳って本家を超える作品はほとんどないからなあ……というのが当時の正直な気持ちでした。

 そんなこんなで出版を見送り4~5年を経たある日。翻訳者の高橋尚子さんからこの作品をぜひ日本で出したい、と連絡を頂きました。改めてレポートを読むと、犯罪小説、警察小説でありながら、恋愛や友情や家族愛、さらに人間の過ちと再生を丁寧に描いた叙情的なミステリー作品であることが伝わってきて、やはりこれは出すべき本なんじゃないかと。その後翻訳原稿を読み、新人離れした構成力、警察組織内の描写のリアリティに驚かされ、さらに心に深い傷を追った登場人物たちが見事に描かれていて、ますますクオリティの高さを確信し、改めて小説としての真の実力に気づいたのです。気づくのが遅すぎますよね……著者のマッキントッシュさん、ごめんなさい。

 でも、今、日本でこの本を出すことが出来るのは、かえってよかったかもしれない。何かのブームに乗って出していたら、この本の魅力は読者の方々にも伝わりにくかったかもしれません。

 ぜひ、この素晴らしいデビュー作を、じっくり味わって頂ければ幸いです。

──『その手を離すのは、私』担当者より

その手を離すのは、私

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