◎編集者コラム◎ 『破夏』新庄耕
◎編集者コラム◎
『破夏』新庄耕

新庄耕さんとはじめてお会いしたのは、神保町の喫茶店でした。
作家の方とはじめてお会いするときは、どの作品が好きでどこに惹かれたか、ということをお伝えしたあと、これから一緒につくっていく作品をどのようなものにしていくか、ご相談を持ちかけることが多いです。そして、お互いにどんな作品を読み、好きと感じてきたかを共有したりもします。
その日、新庄さんがおっしゃっていた本のタイトルを、いまも朧げながら記憶しています。吉村昭さんの『熊嵐』と、深沢七郎さんの『楢山節考』です(「いいっすよねぇ!!」と話されていた新庄さんのキラキラした目をなぜかいまも鮮明に思い出すことができます)。いま思うと『破夏』の方向性も、実はこの瞬間から決まっていたような気がします。
その後もお会いするたび、「これ知ってる?」とホクホクした顔でしてくださる不思議だったり恐ろしかったりするお話は、どれも私の見聞きしたことのない話ばかりで、悲鳴をあげたり眉をひそめたりしながらもつい拝聴してしまっていました。
そんな話の流れで飛び出したのが、エプスタイン島の幼児売春のお話……。その場でスマホで調べながら、どんどん背筋が冷えていくのを感じました。私たちが信じているこの世界って、もしかしてほんの一部なのだろうか。私たちが安心、安全と思っていた世界は、いったいどこにあるのか、もしくはないのか。散々大盛り上がりしたあとで、「いきましょう、これで!」と拳を握りしめながら言った私の顔を見る新庄さん、今思えば不安そうな目を、していたような、していなかったような……。
連載中にお会いすると、なぜかどんどんやつれていく新庄さん。原稿のせい、とは思いたくないのですが、何かがあったのかも、しれません(信じるかどうかはあなた次第……)。巻末の「あとがき」に、著者自身もこのことについて書かれていますので、くわしいことが気になる方はぜひ……!
一方原稿のほうは、期待通りのダークな物語がするすると出来上がっていき、信じられないくらい不快なのに驚くほどリアルな描写には舌を巻くこと何度も。読んだ方はきっと「もうええでしょう!!」(著者原作のNetflixシリーズが大ヒット中の「地面師たち」より(笑))と言いたくなるでしょう。
巻末解説では橘玲さんが、あのホラー映画「ミッドサマー」と比較をしてくださっていますが、新庄さんの各作品に通底する、きなくささというか、あやしさ、どうしようもなく不快な、悪夢のような闇の気配。「地面師たち」で体感してハマってしまった方は、『破夏』もぜひ、手にとっていただきたい!
今、最も読まれるべき作家だと、強く断言しておきます。
──『破夏』担当編集者より