私の本 第4回 出口治明さん ▶︎▷03

 連載「私の本」は、あらゆるジャンルでご活躍されている方々に、「この本のおかげで、いまの私がある」をテーマにお話を伺います。

 ライフネット生命の創業者で、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんは、読書家としてもひろく知られています。そんな出口さんのお薦めの本は、あの『サザエさん』から本格的な歴史書まで、「人生を生き抜くための力」となる本ばかり。本選びのコツも教えていただきました。ぜひお楽しみください。

私の本 出口治明さん ▶︎▷03

知識は人生を生きるための力

 ロジャー・ベーコンが述べたように「知識は、力」です。勉強することは、人生を生き抜くための力となるのです。その知識をつけるためにお薦めの本を、何冊かご紹介します。

 まずは小坂井敏晶さんの『社会心理学講義〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉』です。この数年のあいだに出版された本のなかでも最高のビジネス書だと僕は思っています。

 この本は、人間とはなにか、社会とはなにかを徹底的に考え抜いています。

 どのような仕事でも、人間と人間がつくる社会が対象となります。だからビジネスには、人間や社会に対する深い洞察が欠かせません。その意味で、ぜひとも多くのビジネスパーソンに読んでほしい一冊です。

『サザエさん』には人生のすべてがある

 それから、長谷川町子さんの『サザエさん』『いじわるばあさん』には、人生のすべてが描かれています。

 長谷川町子さんはホモ・サピエンスについての研究がまだ十分に進んでいない時代に漫画を描いていますが、天才的な直観で人間の本質を見抜いています。

 京都大学の山極壽一総長は霊長類研究の世界的権威ですが、「ホモ・サピエンスは集団保育で社会性を育ててきた」と20年以上前から書かれています。この見解に異を唱える学者は世界中どこにもいません。

 それなのに「3歳になるまでは母親が子育てに専念すべき」というような3歳児神話を信じる不勉強な一部の人たちが「保育園で育てるのはよくない」などといまだに言っているので、母親たちが子供を預けることに罪悪感を抱いてしまう。これほどの害悪はありません。

 赤ちゃんと母親が24時間マンションの一室にいたら、鬱になるに決まっています。それでも保育園に預けてはいけないという人には、僕は「あなたは24時間、上司と一緒に働きたいですか」と聞くようにしています。誰だって嫌ですよね。

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 このようなホモ・サピエンスの実像を知るためには脳研究者・池谷裕二さんの著書『パパは脳研究者』を薦めています。

 育児を通して、いかに人間の脳が発達するかを分析した本で、人間の脳の仕組みを理解するためのベストの1冊です。

 この本がさらに素晴らしいのは、文章毎に多くの原典の記述があることです。もし池谷さんの論に疑問を感じたら、すべて原典にあたることができるようになっているのです。「相互に検討可能なデータ」を用いて議論を行うという、ごく当たり前のグローバル基準にとても忠実な良書です。

マーケットに支持され続けた古典は無条件に良書

 また古典も必読です。世界のリーダーで古典を読んでない人は皆無です。

 古典の難しさは、それぞれ時代背景が異なる点です。岩波書店に「書物誕生」というシリーズがあります。学問の最前線で活躍する気鋭の学者たちによって、古典が生まれた歴史的な背景などが綴られています。

 まずそれを読んで、興味を持ったものを手に取るのがいいでしょう。

 古典は、マーケットに選ばれ続けて何百年、何千年も生き残り、評価されてきた書物です。面白くないものは淘汰されて消えているはずなので、古典は無条件に良書であると考えていいでしょう。

 人間の脳は1万2000~3000年前のドメスティケーションからまったく進化していない。加えてホモ・サピエンスは単一種なので、昔の人が物事をどう考えたのかは大変参考になります。

歴史書はエンターテインメントではなくエビデンスで選ぶ

 そして、未来への指針を与えてくれるのが歴史書です。なにか想定外のことが起きたとき、どうすればいいか。悲しいことに参考となる教材は過去にしかない。だから、歴史を学ばなければなりません。

 ただし、歴史は大変面白いので、安易に物語化する人が山ほどいるから注意が必要です。

 呉座勇一さんの『陰謀の日本中世史』を読むと、いまだに囁かれている本能寺の変の黒幕などはいなかったことがはっきりわかります。歴史学者のなかでは、本能寺の変は光秀の単独犯行だと明確に結論づけられているのです。

 よく経営者たちが、安易に教訓化された物語などを読んで戦国時代の武将に学ぶなどと言っていますが、あまりほめられた話ではありません。また日本人は武士道が好きですが、高橋昌明さんの『武士の日本史』を読むと、武士の実像と、武士道や「葉陰」はかなり異なっていることがわかります。

 エンターテインメントと史実に基づく歴史はきちんと分けて考えなければいけません。

 歴史はひとつで、歴史学とは過去になにが起こったかを総合科学を通じて探っていく学問です。エピソードではなく、エビデンスで考えることが肝要です。

 たとえば司馬遼太郎さんの著作をもとに「司馬史観」などとよく言う人がいますが、そんなものはありません。

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 僕はいま、『週刊文春』で「0から学ぶ『日本史』講義」を連載していて、それを読んだ方から、よく「出口史観は面白いですね」などと言われます。でも、出口史観のようなものはまったくないのです。歴史はひとつですから。

 僕は自信のない史実に関しては、逐一歴史学者に電話やメールをして教えを乞い、原典を確認した上で、書いています。現在の歴史学の最前線の内容を、週刊文春に書いているのです。

本選びのコツは、新聞の書評を読むこと

 本をどうやって選んだらいいかわからないという人に、僕はいつも次のように話しています。

 新聞の書評欄を見て、興味のあるものを選んでください、と。日本の新聞は数百万部発行されています。これだけの部数の新聞に署名つきで書評を寄稿するというのは大変なプレッシャーですから、超一流の専門家が自分の分野に責任を持って仕事をしています。アマゾンなどの書評に比べれば信頼性が格段にちがいます。

 書店で選ぶときは、本文の最初の10ページを立ち読みしてください。それで面白ければ買い、なにが言いたいのかわからないと感じれば、やめればいいのです。

 最初の10ページが面白ければ、間違いなく最後まで読み通すことができると僕は思います。

 本は、なにより楽しむためにあります。自分が興味を持つことのできる本、心を動かされる本を読む喜びを、ぜひ知ってください。

〈貴重なお話はこれで終わりです。〉

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出口治明(でぐち・はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年三重県美杉村生まれ。1972年京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し代表取締役社長に就任。2008年ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。10年社長、会長を務める。2018年1月より現職。