『カフネ』阿部暁子/著▷「2025年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR

心に栄養を与えてくれる物語
阿部暁子さんは今回が本屋大賞初ノミネート。ご連絡をいただいた日、岩手に住む阿部さんと急遽オンラインを繋いで「候補に入りました!」とお伝えした際には弾けんばかりの笑顔を見せてくださいました。
私が『カフネ』に出合ったのは文芸部署に配属された最初の年でした。憧れの出版社に入社したものの、実際の仕事は想像の何倍も大変で分からないことだらけ。気持ちがやさぐれていたとき、当時の阿部さんの担当だった先輩から「君にも刺さると思うから」と渡されたのがまだ改稿途中だった『カフネ』の原稿でした。
踏んだり蹴ったりな一日の終わり、唯一の楽しみだった誕生日ケーキを床に落っことして泣き出す薫子。そんな彼女のために崩れたケーキをパフェに生まれ変わらせたせつな。気づけばボロボロと涙が出ていました。
それから約1年が経った頃、前任者の異動に伴って担当を引き継ぐことになり、阿部さんの地元でもある岩手へ向かいました。初めて対面した阿部さんは笑顔がとっても素敵で、ユーモラスで、柔らかな雰囲気を纏った方。一緒にクレープを食べながら『カフネ』の誕生秘話を語ってくださいました。
デビューからしばらくして、スランプに陥っていた阿部さん。気持ちが塞いでいたとき、ご家族に誘われて久しぶりの外食に出掛けたといいます。目の前に出てきたのはアツアツのハンバーグ。悔しくて苦しいのに、食べているうちに気付けばふと「元気が出てきてしまった」。そんな体験が『カフネ』の原点だったそうです。
毎日必死に仕事や勉強をして、家に帰れば自分や家族の生活を回して。誰も褒めてくれないと思ったり、うまくいかない自分を責めたりしてしまう瞬間は誰にでもやってきうるものだと思います。
『カフネ』にはそんな思いもありのまま受け止め、心に栄養を与えてくれる力があります。誰かの力を頼ること、誰かのために何かをしてあげたいと思うこと、その素晴らしさを思い出させてくれる、今を生きるたくさんの人に届いてほしい物語です。
作品の余韻に浸りながらクレープを食べ終わり、ではそろそろ解散しますかとタクシーを呼ぼうとするも一向に捕まらずピンチ! 「どうかお気になさらず……むしろポ●モン捕まえたいので散歩してきます!楽しみ」と、颯爽と去っていかれた阿部さんの後ろ姿が忘れられません。現在はスピンオフ短編もご執筆中です。これからも『カフネ』をよろしくお願いいたします!
──講談社 文芸第二出版部 川原 桜