私の本 第5回 今泉忠明さん ▶︎▷01

 連載「私の本」は、あらゆるジャンルでご活躍されている方々に、「この本のおかげで、いまの私がある」をテーマにお話を伺います。

 累計260万部突破! いまや子供だけでなく大人からも大人気の『おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』をシリーズを通して監修されている今泉忠明さん。まずは、今泉さんの幼少期の読書体験などについて、お話しいただきました。

私の本 今泉忠明さん ▶︎▷01

生き物の"ざんねん"な部分に着目

『ざんねんないきもの事典』シリーズの売上は、3冊累計で260万部にまで達しました(2018年10月現在)。これほど多くの方に読んでいただける本になるとは、正直自分でも思いませんでした。

 お子さんから大人まで全国に読者がいるので、本当にありがたいですね。

 今までの図鑑は、生き物の"すごい"部分に焦点を当てることがほとんどでした。でも、百獣の王といわれるライオンも含めて、どんな生き物にも"ざんねん"な一面はあります。

 進化の過程では、ある器官がすぐれたものに、そしてある器官は反対に"ざんねん"なものになっていく。

 それが進化であり、完璧な生き物などいないということです。そこに着眼したのが、面白がられた理由だと思います。
 

私の本 今泉忠明さん ▶︎▷01


 私たち人間の最もすごいところは、「予測」ができることです。天気予報もそうですし、競馬など予測自体を楽しむゲームも多い。予測することを楽しむ生き物というのは、他にはいません。まぁ、あとは大したことないですね(笑)。

 反対に、"ざんねん"なのは転ぶことでしょうか。子供のときから練習してるのに、大人になっても転んでしまう。二足歩行なので腰も痛めてしまいがちです。やはり人間も完全な生き物ではないということですね。

親が本を楽しんで読む姿を子供に見せる

 近年は本が読まれなくなっているといいますが、"ざんねん"シリーズの売上を見ると、人は興味さえあれば本を手にしてくれるのだということがわかりました。

 人間にとって、紙を手で触るという行為には大変に意味があります。特に幼児は、見て、触って、はじめてそれがどんな物かわかるという訓練を日々しています。指先というのが一番、神経が敏感なので、その感覚がとても大事なのです。

 本を与えたら、破っても怒らないことですね。こうすると破れるんだという子供の好奇心を止めてしまうことになります。

 最近の子供はスマホで遊びますが、スマホには感触がないので、はじめからスマホを使っていると、不器用な子供になります。針に糸を通せないとか、そういう問題がやがて生じてくるでしょう。

 どうしたら子供が読書をするようになりますか、とよく聞かれますが、それには母親が読み聞かせをするのが一番です。

 幼児の脳のことはまだよくわかっていませんが、人間の脳は本当に素晴らしくて、大人が思っている以上にさまざまなことを見たり、考えているのは事実です。

 生後6~8ヶ月頃から読み聞かせをすると、自然と本が好きなります。

 そして親が、自ら本を楽しんでいる姿を見せること。

 我が家は父も僕も、そして息子も三代にわたり動物学者です。息子はイルカの専門家ですが、僕自身が研究を楽しんでいたから、息子もその世界に惹かれたと言っていました。

幼いときから動物と接する日々

 父が動物学者だったので、僕も小さいときからあたりまえのように動物と接してきました。犬、猫、鳩、鶏、ねずみ、もぐらなど、父が研究のために持って帰ってきた動物が家にはたくさんいたのです。

 ただ僕は幼稚園に行かなかったので、小学校に入るまで自分で読み書きはできませんでした。当時は戦争直後ですから、そういう子供は決してめずらしくなかったんです。

 一度、父に「幼稚園に行ってみたい」と訴えたら、「そんなところに行ったら人間がマセちゃうからダメだ」と言われました。

 父は当時、東京・上野公園内にある国立科学博物館に所属する研究者でした。あの頃の公務員は薄給だったので、きっとお金がなかったんでしょう(笑)。

 それでも小学校に入学して字が読めるようになってからは、読書に親しみました。

私の本 今泉忠明さん ▶︎▷01


 父は当時、動物図鑑や動物に関する物語の監修もしていたので、出版社から送られてくる本がけっこうあって、それを読んでいたのです。

 動物図鑑では、清水勝さんの絵が一番好きでした。あとは海外の図鑑も絵が詳細で、魅了されましたね。

 生物に関する本、たとえば『ファーブル昆虫記』やロシアの動物児童文学者ビアンキの『森の新聞』、それに送付されてくる本のなかにはシャーロック・ホームズや宮本武蔵、後藤又兵衛(基次)の講談ものなどもあって、家にある本はなんでも読みました。

複雑な思考の哺乳類に惹かれて研究する

 ただ僕は動物は好きだったけれど、昆虫にはあまり興味のない少年だったんです。昆虫は自分の考えではなく、本能に従って動くんですね。

 たとえばゴキブリは、必ず暗いほうに逃げます。よくゴキブリが自分に向かって飛んでくるというけれど、それは、そばに来た人間の陰に隠れようとしているだけなんです。

 昆虫は行動が単純なので、生物学の基礎をやるには大変向いています。そこで知識を得てから哺乳類などの高等動物に移っていくと、生物の仕組みを理解しやすいんです。

 哺乳類は、経験を積むと策略のようなことをしますし、他の個体と意思を交わしあったりというコミュニケーションも非常に複雑で、とても面白い。

 人間の祖先は猿ですが、そのもっと源流には、もぐらの一種であるトガリネズミがいます。それで私はトガリネズミの研究に没頭していた時期がありました。

 北海道に世界最小のトガリネズミがいて、かつて生きたまま捕獲した人がいないというので、それに挑戦したのです。

 北海道のなかでも湿地か、乾燥帯かといった環境により5種類のトガリネズミが棲んでいます。

 結局、生け捕りに成功して子供を産ませたんですが、残念ながら死産でした。トガリネズミの子供は離乳するまでのあいだ、母親の尾の付け根を子供が咥えて、その子供の後ろにいる子供がまた尾の付け根を咥えて、といったように数珠つなぎになるんです。

 それが猿だとより進化して、抱っこしながら移動して、親が子供を守るようになるんですね。

 そういう研究内容が、やがては人間へと繋がってくるわけです。だから哺乳類は面白いんです。

 

今泉忠明(いまいずみ・ただあき)

1944年東京都生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。文部省(現文部科学省)の国際生物学事業計画(IBT)調査、環境庁(現環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査などに参加する。トウホクノウサギやニホンカワウソの生態、富士山の動物相、トガリネズミをはじめとする小型哺乳類の生態、行動などを調査している。上野動物園の動物解説員を経て、「ねこの博物館」(静岡県伊東市)館長。