著者の窓 第45回 ◈ 福徳秀介『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』

著者の窓 第45回 ◈ 福徳秀介『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』
 冴えない日々を送っていた大学2年の「僕」は、凜とした雰囲気を放つ女子学生・桜田花と出会い、恋に落ちた──。お笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介さんが2020年に発表し、この春文庫化された小説が『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(小学館文庫)。作家としても活躍中の福徳さんのデビュー作にして恋愛小説のベストセラーが、ついに映画化されました。萩原利久さん、河合優実さんらが出演する話題作の全国公開(4月25日公開予定)に先駆けて、作品にこめた思いや映画の感想などを福徳さんにうかがいました。
取材・文=朝宮運河 撮影=田中麻衣

母校の大学を舞台に、自分なりの恋愛小説を書いてみたかった

──近年は作家としても大活躍の福徳さん。そのデビュー作が2020年に刊行された『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』です。この小説を書かれたきっかけをあらためて教えていただけますか。

 そもそものお話をすると、芸人が5、6人集まって短編小説集を出そうという企画があったんですよ。僕も誘われてショートストーリーを書いたんですが、蓋を開けてみたら僕以外誰も原稿を出してこなくて、その企画はおじゃんになったんです。あるあるですよね(笑)。せっかく書いたし何か形にしようと思って、そのショートストーリーを長編に書き直していったんです。そのうちに小学館さんに声をかけていただいて、本にしてもらったという感じですね。

──もともと言葉を使った表現には興味があったのでしょうか。

 そうですね。表現というとかっこ良すぎますけど、本を読むのも好きですし、言葉を使ったエンタメには興味があって。その流れで小説を書いてみたら、すごく楽しかったんですよ。

福徳秀介さん

──ジャルジャルで漫才やコントを作るのと小説を書くのとでは、どんな違いがありますか。

 漫才やコントは相方の後藤と二人で作るものですけど、小説は一人きりで考えて書くもの。そこが一番違いますよね。全部自分で決めるというのが難しくもあり、楽しくもありで。小説は喫茶店で書くことが多いんですが、集中すると10時間くらい座っているので、こつこつやる作業が向いているのかなと思います。お店に迷惑をかけないように1時間いたらワンオーダーすると決めているので、お会計時に金額を見てびっくりすることも多いです(笑)。

──『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』は、福徳さんの出身校である関西大学が舞台の青春小説です。大学生の物語にしたのはどうしてですか。

 自分にとって一番感情移入できるのが大学時代なんです。あとは『夜は短し歩けよ乙女』の森見登美彦さんとか、『鴨川ホルモー』の万城目学さんのような、京都の大学生活を描いた小説が大好きで。ああいう感じの青春小説、恋愛小説を自分なりに書いてみたいというのもありましたね。

いまだに思います、「これは良い小説だ」と

──主人公の「僕」(小西)は周囲にうまくなじむことができず、冴えない生活を送っている大学2年生。そんなある日、周囲の目を気にせず学食でざる蕎麦を食べている、凜とした雰囲気の女子学生・桜田花に出会って……という物語です。学生時代のあれこれが生き生きと鮮やかに描かれていて、読んでいると学生に戻ったような気分になります。

 人より記憶力はいい方だと思います。大学時代に経験したこと、人と話したことなんかは結構覚えていて、映像として浮かんでくるんですよ。ただ基本的に嘘つきなんで(笑)、都合のいい思い出をイメージしている。小説を書くときはそれを頭の中で再生して、文章にしている感じです。

福徳秀介さん

──不器用な二人の恋愛小説ですが、ストーリーを作るうえで参考にした作品、影響を受けた作品はありますか。

 基本的に恋愛小説ばかり読んできたんです。特に好きなのはさっきも名前をあげた、森見さんの『夜は短し歩けよ乙女』。ジブリ映画の『耳をすませば』も大好きで、影響があると思います。

──スピッツの「初恋クレイジー」も、ある登場人物の思いを伝える一曲として登場します。福徳さんがスピッツの大ファンだそうですね。

 はい、「初恋クレイジー」は自分がスピッツをめちゃめちゃ好きっていうのもあるんですけど。好きな相手に「この映画面白いから観といて」っていうのって、相手の2時間を奪うことになるからちょっと勇気がいるじゃないですか。「この曲聴いてみて」っていうのも5分くらい奪うことになる。そんな風に考えてしまう人でも「前奏だけ聴いといてくれへん」なら言えるんじゃないかと。それで前奏からいきなり格好いい「初恋クレイジー」を登場させたんです。

福徳秀介さん

──物語後半、「僕」と花をめぐる物語は意外な展開を迎えます。大切な人との別れをどう受けとめ、どうやって前に進んでいくか、というテーマが浮かび上がってきます。

 これはまったく考えていなかったんですよ。最初の原稿を編集さんに見せたら、「面白いですけど、直せばもっと良くなります」と言われて、後半の6万字くらいを削除されてしまったんです。せっかく書いた長編が半分になって、どないしよっていう。それで後半を新たに考えたんですが、結果的に正解だったと思います。結末近くのさっちゃんの長台詞が出てきたところで、自分でも「これは良い小説だ」と確信して。いまだに編集さんと会えば言い合ってるんですよ、「これは良い小説だ」って(笑)。

原作を大切にしてもらっているなと感じました

──単行本が刊行されたのが2020年11月。あのジャルジャルの福徳さんが小説デビューしたということで本好きの間では話題になりましたが、芸人仲間やご家族からはどんな反応がありましたか。

 芸人仲間も結構面白かったといってくれました。一番多かったのは、「笑かしにくるかと思ったら意外にもマジだった」という感想ですね。家族も読んでくれて好意的な感想をくれましたけど、相方の後藤はまだ読んでないらしい。後藤の弟は読んでくれたのに!(笑)

福徳秀介さん

──映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』が4月25日に全国公開されます。ご自分の小説が映画化されることについては、どんなお気持ちですか。

 それはもう単純に嬉しいですよね。その一言です。映画化にあたってはいくつか「ここは大事にしてほしい」というポイントがあったんですけど、打ち合わせで監督が全部それを言ってくれて。たとえば「長台詞はそのまま生かします」とか。原作をちゃんと大事にしてもらっているのが分かって、嬉しかったです。

──完成した映画をご覧になっていかがでしたか。

 原作は自分なんですけど、第三者的な目線で物語の世界に入り込んで楽しむことができました。映画には水族館のシーンが出てくるんです。あれは原作にはない部分なんですけど、物語とすごく合っていてさすがやなと。萩原利久さんも河合優実さんも、まさに自分が小説を書くときにイメージしていたとおりで、役作りをされていることを忘れるくらい「そのまんま」で。びっくりしました。

──3月には文庫版も発売されました。より多くの人が福徳さんの小説に触れることになると思いますが、これから『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』を手に取る方にメッセージをお願いします。

 映画が先でも小説が先でも、僕としてはどっちもありだと思います。ただ映画公開までまだ少しあるので、原作を先に読んでもらって、「このシーンをこんな風に映像化したんや」という目線で楽しんでもらうのもいいかもしれませんね。小西と花のイメージは、映画を観た後だと絶対萩原さんと河合さんになると思います。そのくらいキャスティングがはまっている映画なので、ぜひ劇場に足を運んでみてください。


今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は

『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』
福徳秀介=著
小学館文庫

 

福徳秀介(ふくとく・しゅうすけ)
1983年生まれ。兵庫県出身。関西大学文学部卒。同じ高校のラグビー部だった後藤淳平と2003年にお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。テレビ、ラジオ、舞台、YouTube 等で活躍。キングオブコント2020優勝、第13代目キングに。福徳単独の活動として、絵本『まくらのまーくん』が第14回タリーズピクチャーブックアワード絵本大賞を受賞。小説デビュー作は、本作品となる。その他の著書に、絵本『なかよしっぱな』、短編集『しっぽの殻破り』『耳たぷ』がある。

福徳秀介さん

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