私の本 第6回 大澤真幸さん ▶︎▷01

今回ご登場いただくのは、2011年に大ベストセラーとなった『ふしぎなキリスト教』(講談社新書)で大きな注目を集め、現在は思想誌「THINKING「O」」を主宰されている、社会学者の大澤真幸さんです。

幼いときからよく本を読まれていたという大澤さんに、まずは幼少期の読書体験を振り返っていただきました。

私の本 第6回 大澤真幸さん ▶︎▷01

幼いときから本はごく身近な存在だった

 現在の僕の仕事は、本を読み、執筆することがすべてと、そういっても過言ではありません。

 僕にとって本は、幼いときからとても近しい関係にありました。いつもなにかしら本が手元にあったのです。

 とりわけいまでも印象に残っているのは小学3年生くらいのときに読んだエーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』です。

 ケストナーは児童文学作家で、これはドイツのギムナジウムという高等中学校を舞台に、寄宿舎に住む生徒たちを描いた群像劇です。

 この作品が書かれた1933年当時のドイツは、ナチスの勢力が日増しに強くなっていて、いま振り返ってみると、確かにそういう緊張感のようなものが物語の根底には流れていたように思います。

宇宙との関係性に思いを馳せた小学生時代

 いまもときどき思い出すのが、ラストシーンです。

 マルチンというみんなに慕われる、奨学金をもらうほど成績の優秀な男の子がいて、その彼に、ある悲しい出来事が起こります。

 クリスマスになると生徒はみな、親から帰省のための旅費が送られてきて、家族のもとに帰っていくんですが、マルチンにはそのお金が届かないんです。

 友人にもその事実をいえずにいるのですが、ある先生が気がついて、マルチンに旅費を貸してくれて、無事に家に帰れることになります。

 ラストは、クリスマスにマルチンが父親や母親と並んで、雪のなかを歩くというシーンです。

大澤真幸さん


 そのときマルチンが星を眺めて、「この星の光はじつは何万年も前のイエス=キリストさまが生まれる前に発せられたものだ。もしかしたらこの星はもう死んでるかもしれない。それがいま、こうして僕らのところに届いているんだ」というようなことを言うんですね。

 僕は幼いころ科学少年でもあったから、天体については詳しかったんです。星は地球から何万光年も離れたところにあって、そこから光がやってくるということは知っていました。

 マルチンと同じく自分も宇宙の片隅にいる存在だと、とてつもない宇宙のスケールを感じて圧倒されたと同時に、マルチンがやっと両親に会えたという想いもありました。

 マルチンの幸せは、ひとりの人間の小さな幸せかもしれない。けれど、その小さな幸せは何万年も前に発せられた星の光や宇宙というスケールの大きさに匹敵するのだと感じて、印象に残ったんですね。

 私という問題と、宇宙の問題というふたつのあいだには大きな落差があると同時に、つながりがあるというそんな感覚は、自分のいまの仕事でも通底して感じ続けていることで、それを一番はじめに実感したのが、この本のラストシーンだったのです。

無限に魅了されてガモフ全集を読む

 先ほども言ったように僕はどちらかというと理系の脳だったので、自然科学の本もよく読みました。

 弟の友達の父親が信州大学物理学の教授で、その家には科学の本がたくさんあったんです。だからその本を目当てに、毎週、弟の友達の家に通っていました。

 そこで出逢ったのが、物理学者のジョージ・ガモフ全集です。

 ガモフの功績でもっとも有名なのはビックバン以降、宇宙はどんどん膨張しているという膨張通論ですが、彼は一般向けの科学書を書くのが天才的にうまかったんです。

 ガモフ全集もそのひとつで、全巻読みました。とはいえ、大人の読者を想定した本なので、小学生だった自分に厳密に内容がわかっていたわけではないと思いますけれど、ふしぎと全然気にならず、どんどん読めたのです。毎週1冊借りて、翌週に戻すということをやっていました。

 たとえば1巻の『不思議の国のトムキンス』では、相対性理論とはどういうものかが物語風に書いてあります。

 当時の僕は「無限」ということに魅了されていたので、第6巻『1、2、3…無限大』も夢中で読みました。そこには、無限というのはいかに不思議な性質かというのが繙かれているんです。

 部屋数が無限個ある「ホテル無限大」があります。いまは満室なのですが、そこに無限人で構成された超大型団体客がやって来ます。でも支配人は慌てずに客全員を収容します。新しくきた団体客の全員に、一室ずつをあてがったのです。

大澤真幸さん


 空室がないのに支配人はどうしたのか。まず、いままで宿泊していた客に、自分の部屋番号を2倍にした部屋に移動てくれといいます。1号室から2号室に、2号室から4号室に、3号室から6号室に・・という具合にです。そうすると、偶数の部屋番号だけが埋まって、奇数の部屋がすべて空きます。奇数も無限個あるわけだから、無限人の団体客を収容することができるのです。

 部屋数が有限個の普通のホテルの場合には、「満室である」ことと「もう1人も泊められない」ことはイコールなわけです。でも「ホテル無限大」ではそうはならない。これは、無限集合は部分と全体が一致するという性質を使っているわけですが、ガモフが紹介しているこの話に、当時の僕はすごく魅了されたんですね。いまでも講義などで無限とは何かを説明する際に、この話をよく使うんですよ。

大澤真幸(おおさわ・まさち)

1958年生まれ。社会学者。個人思想誌「THINKING「O」」主宰。2007年、『ナショナリズムの由来』で毎日出版文化賞を受賞。15年には『自由という牢獄』で河合隼雄学芸賞を受賞した。著書に『不可能性の時代』『〈自由〉の条件』『〈問い〉の読書術』『考えるということ』『〈世界史〉の哲学』『サブカルの想像力は資本主義を超えるか』、共著に『ふしぎなキリスト教』『おどろきの中国』『憲法の条件』『げんきな日本論』『21世紀の暫定名著』などがある。