城戸川りょうさん『高宮麻綾の退職願』*PickUPインタビュー*

城戸川りょうさん『高宮麻綾の退職願』*PickUPインタビュー*
 今年のヒット作、『高宮麻綾の引継書』は、松本清張賞の最終選考で惜しくも受賞を逃したものの、内容に魅了された編集者たちの熱意で出版が決まった作品だ。著者の城戸川りょうさん自身も商社勤務で、会社員のリアルも詰まったエンタメ小説。はやくもその続篇、『高宮麻綾の退職願』が刊行される(2025年10月23日発売)。今回、高宮麻綾はどんなプロジェクト、どんな謎に遭遇するのか?
取材・文=瀧井朝世 撮影=浅野剛

 今年3月に刊行するや話題を集め、異例のヒットとなった城戸川りょうさんのデビュー作『高宮麻綾の引継書』。はやくもその続篇となる『高宮麻綾の退職願』が刊行された。

 前作では、食品原料を扱う商社、TSフードサービスに入社して3年となる高宮麻綾が、社内のビジネスコンテストで優勝するも親会社の鶴丸食品から「リスク回避」を理由に企画を反故にされてしまう。怒りを爆発させる高宮だったが、偶然社内で古い引継書と、殺人をほのめかす告発メモを発見。それが自分の潰された企画にも関わる内容だったため、彼女は後輩の天恵とともに真相を探り始める──という内容だった。

「『高宮麻綾の引継書』は、〝会社員だって面白いんだぞ〟というテーマはあったんですが、あとはとにかく読んでくれた人が面白がってくれたらいいなという思いで書きました。でも刊行した後みなさんの感想に、〝会社員の仕事に自信が持てた〟とか〝新入社員だった頃の気持ちを思い出した〟などあり、いろんなことを受け取ってもらえていることが分かって。こういう本だったのか、と後から気づきました」

 強気で短気すぎるものの、仕事に情熱を注ぐ高宮は多くの支持を得た。しかし今回は、ただ強引なだけでなく、仕事に迷う高宮の姿も描かれる。そして彼女は、タイトルからも分かる通り、退職の危機に陥ることに──。

 松本清張賞に応募した時は、続篇は想定していなかった。では、編集部からその打診があった時、なにをどう考えたのか。

「松本清張賞では辻村深月さんに選評で〈いずれは『高宮麻綾の復命書』なんかもどこかでぜひ読んでみたいです〉と書いていただいたりして、やはり『高宮麻綾の◯◯◯』がいいなと思って。第一巻の帯に〈こんな会社辞めてやる!〉という惹句があったので、だったら次は『高宮麻綾の退職願』かなと。最初にタイトルを決めてからストーリーを考えていきました」

城戸川りょうさん

『高宮麻綾の退職願』は、前作の数か月後から始まる。念願の親会社・鶴丸食品への出向を果たした高宮は、食料品ビジネス本部、事業推進部に所属する。そこで取り組むのが、鶴丸食品傘下の鶴丸ビバレッジ、通称「鶴ビ」の業績回復だ。彼女はオリジナルのドリンクを開発して、大規模なeスポーツ大会の主催会社と公式ドリンクパートナーの契約を結ぶことを提案。eスポーツは知見が無い分野だからと渋るリーダーの石橋や、実直で気弱そうな新入社員の綿貫にストレスを感じながらも、プロジェクトを進めようとする。

「前作は酵素を扱ったプロジェクトの話でしたが、今回はもっと分かりやすい商品がいいなと思っていたんです。前作に新川帆立さんが〝エナジードリンクみたいなお仕事小説です〟というコメントを寄せてくださって、続篇も読むエナドリみたいな本にしたいなと思った時に、だったらもうエナドリを出そう、と。ただ、出向先の鶴丸食品の社員はみんな高宮よりその道に詳しいので、そのなかで彼女が新しい提案をするとしたら、彼らがまだあまり知らない世界を引っ張ってくるといいだろうと思い、エナドリとeスポーツの掛け算にしました」

 高宮が提案するのは、カフェイン代替の素材を使いながらもエナジードリンク特有の『なんかアガる感』のある飲料だ。

「カフェイン代替の素材を使ったチル系のドリンクもすでにありますが、やっぱり従来のエナドリとはちょっと違う印象なんです。とはいえ〝24時間働けますか〟みたいなドリンクは今風ではないので、カフェインを使ったエナジー系と、代替素材を使ったチル系の中間を狙った飲料を作っていくストーリーにしました」

 前作では高宮もカフェイン系のエナドリを大量に摂取していたが、

「前作の高宮のガツガツ路線の働き方は永続はできないだろうという感覚がありました。それで、バーンアウトだったり、過労といったテーマもどこか頭の中にあったように思います」

 大会を主催するeスポーツ会社のアポロンにも足を運び、話を進めようとする高宮だったが、そこで思わぬ横やりが入る。ライバル会社であるヤマト飲料が、高宮とまったく同じ企画を進めていることが判明。情報が漏洩したとしか思えず、鶴丸食品内に産業スパイがいると考えた高宮は、独自に調べようとする。

「今回もなにかしらミステリーの要素は入れたいなと思っていました。それと、前作はメインが社内の話だったので、今回は社外との関わりも書きたくて、ライバル企業や、ライバルとなる人を登場させることにしました」

城戸川りょうさん

 ライバルとなる人。それはヤマト飲料のチームリーダーで、これが高宮に輪をかけたような強烈なキャラクター。

「前作では高宮麻綾のようなガツガツした人間が一人しかいなかったから、彼女の独壇場だったんですよね。なので今回は、自分と同じくらいのスキルを持った、ガツガツしたタイプと出会った時に彼女がどう争うかを考えました。高宮は4年目にしてはかなり優秀なので、ライバルはリーダークラスの年上の人物にしました。いってみれば、彼女は高宮の考え得る未来像のひとつなんです。前作でも犯人役は、高宮もこうなっていたかもしれない人物像にして、いってみれば自分との闘いを描いたつもりだったんです。なので今回も、ガツガツ路線を極めていった先にある将来の自分との対決を書こうと考えました」

 そんなライバルや、後輩の綿貫(←いい味出してます)ら新しいキャラクターも複数登場するが、社内の郵便室の飯田さんも印象深い。郵便物を配るため社内をまわるので、彼は各部署の雰囲気や人間関係にやたらと詳しい。

「これまで実在の人物をモデルにしたのは高宮だけでしたが、飯田さんにも明確なモデルがいます。以前自分の会社にすごくフットワークの軽い郵便室の方がいて。すごく感動したのが、自分が入社1年目の時に何度か話したことがあったくらいなのに、10年ほど経って飲み会で再会した時に、僕の名前を憶えていてくださったんです。社員の顔と名前を全部憶えている凄い人でした。オフィスって、いろんな人がいろんな考えを持って、いろんな動きをしている。だから組織の中を自由に動いて、なにかしら影響を与えていく存在はどこかで出したいと思っていました」

 また、本作では高宮が遠方にも赴く。「鶴ビ」がある山形と、そして、インドである。ちなみに山形は城戸川さんの出身地だ。

「地元を出すのはあざといのではないかと思って悩んだんですけれど、前作で大阪弁が不自然だという感想コメントがいくつかあって。そういうところで読者に変な違和感を持ってほしくなかったので、自分の勝手知ったる言語が書ける山形にしました。インドを出したのも、以前、勤務先の商社で担当地域がインドでよく知っているからです。なので、今回わりと自分の手を惜しみなく使ってしまい、次を書く時にどうしようかと……(笑)」

 前作同様、相変わらず短気ですぐイライラしている高宮だが、「短気は損気」と自分をなだめるなど、ちょっとマイルドになった印象。

「前作の高宮に関して〝こんな奴とは働きたくない〟というマイナスコメントもいただいたんですけれど、そうした意見を受けて舌打ちの回数を減らしたわけではなくて、気づいたら自然と減っていました。それはふたつ理由があるのかなと思って。ひとつはやっぱり、彼女が成長したということ。やっぱり前作の時は、彼女は周りにめちゃくちゃ甘えていたんだなと思いました。もうひとつの理由は、現在高宮が親会社に出向してはじめての環境にいるので、そりゃそんなに舌打ちできないだろう、と(笑)。彼女もちょっと緊張しているんだなって、30ページ分くらい書いた時に気づきました」

城戸川りょうさん

 しかも、今回の高宮は、自分で発案したこのプロジェクトに、そこまでワクワクしていない様子である。

「前作は自分自身が仕事でトップギアが入っている時の経験をかなり反映したんです。でも、〝前回のプロジェクトは面白かったけれど、今回は微妙だな……〟ということって、会社員ならあると思うんです。もちろんそれでも頑張るんですけれど、毎回毎回迷わず突き進める人って逆に少なくて、揺れ動いたりするのは普通のことだと思います」

 その迷いが、高宮を極端な行動に走らせて、大ピンチが訪れることに。

「前回みたいなパフォーマンスが発揮できないことへの後ろめたさがあって、焦って空回りしていく感覚は、僕自身にもあるので(苦笑)。でも、そうやって悩んで、失敗してへこむけれど、職場の仲間と一緒にやっていく中で立ち直っていくところも、無理でない形で盛り込みたかったんです」

 本作でも、同僚とのチームワークで胸を熱くさせる場面がある。はたして彼女は、危機を乗り切ることができるのか──。

 もちろん、天恵や風間など前作で人気だったキャラクターも登場する。やはり気心しれた相手と高宮の会話が抜群に楽しい。

「読者の方たちも、前に出てきた人たちとのやりとりも読みたいだろうと思ったし、僕自身書いていて改めて気づいたのが、新キャラに囲まれた時に比べて、いつメンが現れた場面はすらすら書けるっていう(笑)。会話も場面も自然と進んでいくので、僕自身が彼らに頼る部分がありました。ただ、3巻4巻と進んでいくとどんどん関係者が増えていくだろうから、どうしようかなというのはあるんですけれど……」

 つまりは今後もシリーズは続いていくということだ。読者にとっては朗報であり、早く読みたいと思ってしまうが、

「実は今年の春ごろ、書けない時期があって。理由はたぶんシンプルで、気負い過ぎていたんです。いろんな先輩作家の話を聞いたことで肩の荷が下りました。〝俺は書ける〟と虚空に向かってファイティングポーズを取り続けている時は書けなかったけれど、〝今書けなくなっている〟と認めた瞬間に、えげつなく書けるようになったんです。なので、あんまり気張らない方がいいなと反省しました」

 というから、あまり急かさず、でも楽しみに待ちたい。

高宮麻綾の退職願

『高宮麻綾の退職願』
城戸川りょう=著
文藝春秋

城戸川りょう(きどかわ・りょう)
1992年山形県生まれ。東京大学経済学部卒業後、商社に勤務。2025年、第31回松本清張賞で次点となった『高宮麻綾の引継書』でデビュー。


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