◎編集者コラム◎ 『シナントロープ』涌井 学 原作/此元和津也
◎編集者コラム◎
『シナントロープ』涌井 学 原作/此元和津也

©此元和津也/「シナントロープ」製作委員会
弊社文芸編集部ではこれまでも、『セトウツミ』の作者である此元和津也さん脚本のドラマ作品のノベライズを刊行してきました。クラスの最底辺を生きていた2人の男子高校生が「ブラック校則」と大人に立ち向かう『ブラック校則』、平凡な毎日を送るタクシー運転手がさまざまな客と交わす車内の会話が、思わぬ展開を生む『オッドタクシー』などの話題作で、著者は、これまでも『映画 謎解きはディナーのあとで』『世界からボクが消えたなら』など映像作品を数多くノベライズしてくださっている、涌井学さんです。
今年の春、そんな此元和津也さんの最新ドラマ脚本作品「シナントロープ」をノベライズにしないかというご連絡がマネジメント会社さんからあり、さらに著者はぜひ涌井学さんに、というご指名つきで、大変嬉しくお受けしたのでした。
『シナントロープ』は、小さなハンバーガーショップとそこで働く学生や個性的な常連客たちを描いた群像劇です。なによりドラマ脚本の会話劇の面白いこと!
せっかくなので、私が冒頭からひきこまれてしまった最初のシーンの会話を、ノベライズ版よりすこしだけお見せします。
都成の隣に、同じアルバイトの木場が立っている。金髪の木場も黒髪の都成も視線の向く先は同じだ。窓際のオレンジ色の目出し帽だ。
「都成さん。ヤバいっしょあれ」
「だな」
「都成さん。さっき『イラッ』て」
「いや、そりゃそうなるだろ。びっくりするだろ普通」
「感情を口に出して表現するアニメキャラみたいになってましたよ」
「いいから。今はそんなのいいから。注文聞いてこいよキバタン」
「ヤですよ。ヤバいって言ってるじゃないすか。あの格好、世間では強盗って言うんですよ」
「じゃあ警察呼ぼうか」
「まだ何もしてないのに? 何て言うんすか?」
「『見るからに強盗しそうな人が来店してるんですけど』って。ほらキバタン、通報」
「ヤですよ。それでもし冤罪だったらどうすんですか。オーナーがよく言ってるでしょ? 『個人経営のハンバーガーショップなんて、悪い口コミ一発で終わる』って」
「じゃあオーナー呼んでこいよ」
「オーナーまだ横浜っすよ」
「なんでだよ。物件見に行ってるだけだろ。なんでまだ帰ってないんだよ」
「たぶん中華食ってるんすよ」
「じゃあお前が注文聞いてこいよキバタン。いいか。俺は大学生、キバタンはフリーター。まだ何者でもないんだ。何者かになる。今がその時なんじゃないのか」
「ヤですよ。目出し帽の男に注文聞いて何者になれるっていうんですか。それに都成さん俺の一個上でしょ? 俺が行ったらまた年下に先越されたってなるだけじゃないすか。ランク下がりますよ」
店内の他のお客もチラチラ目出し帽の男を見ている。目出し帽の男が入店して席についてかれこれ数分。フロアに会話は聞こえない。誰も何もしゃべっていない。
その沈黙を破って肩にかかるストレートヘアーの女性が前に出た。都成と木場の前をツカツカ歩いて目出し帽の男のテーブルに向かう。都成のバイト仲間の水町ことみだ。にこやかに微笑んでそのまま言った。
「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ。チキンマスタードバーガーを」
ごく普通のオーダーだ。しかも結構いい声だ。目出し帽なのに。オレンジ色の目出し帽で黒目しか見えないのに。
水町がにこやかに接客を続けている。「ラストオーダーが近づいていますが、以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
伝票を持ってキッチンに向かう水町に、視線で「ザコが」って言われたような気がする。木場がボソボソ言う。
「普通のお客さんっぽいですね」
「どこが普通なんだよ。どんな事情があったら強盗スタイルでハンバーガー食うんだよ」
いったいこれからここで、なにが起こるのか……。すごく気になりませんか。
10/6より放送&配信スタートのドラマでは、水上恒司さん、山田杏奈さんなど若手実力派俳優さんたちが、個性的なキャラクターたちを熱演しています。
夢を見ているような、それでいて妙にリアルな登場人物たちの愛おしき応酬を、小説版でもぜひお楽しみください!
▼ティザー予告編
──『シナントロープ』担当者より