壇蜜さん『はんぶんのユウジと』

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弱いから、優しくする

著者近影(写真)
壇蜜さん

イントロ

 葬儀場や和菓子工場に勤めた後、二九歳という遅咲きでグラビアデビュー。今や女優やコメンテーターなど八面六臂の活躍を続ける壇蜜が、初となる小説集を上梓した。
 純文学誌に発表した表題短編を軸に編まれた『はんぶんのユウジと』は世間が彼女に対し抱いているだろうイメージを心地よく裏切る。

 芸能活動開始とともに始めたブログを今も定期的に更新し、すでに一〇冊以上もの随筆の著書を持つ。「書くこと」を表現手段の一つと位置付けてきた壇蜜が小説家デビューするのは、必然だったと言えるだろう。むしろ、遅すぎるぐらいだ。

「書きたいという気持ちは昔からありましたし、ご依頼をいただく機会もあったんですが、地ならしの時間が必要だと思ったんです。タレントである私が小説をいきなり書いて本にしたらきっと、〝ゴーストライターが書いたな〟と言われてしまう。男の人ならまだしも、女が何か新しくものを始めようとすると、受け入れられるためのハードルが高いんです。ですからブログをやって連載を持ってエッセイの本を何冊か出して、〝この人は書く人なんだ〟という前提知識をうっすらとでも持てていただけたところから始めよう、と時機を計っていました」

 初めて小説を発表したのは二〇一六年の初夏だ。エンターテインメント系の小説誌「オール讀物」からの依頼を受けて、「竹取物語」を現代に置き換えた短編「光ラズノナヨ竹」を発表した。同年秋にも、「ヘンゼルとグレーテル」がモチーフの短編「桂花故事」を同誌に寄稿している。

「昔話や童話を下敷きにしたこのシリーズをもう少し書き継いでいって、ゆくゆくは一冊にできたらなと思っていたんですが、ご依頼がピタリと止まってしまいました(笑)。その頃、入れ違いで『文學界』から書きませんかというお話が届き、『オール讀物』のシリーズとは違うちょっと文学的なものを書こう、と考えたんです。その時にふと思い出したのが、トルストイが『アンナ・カレーニナ』で書いていた、幸福と不幸についての文章でした」

 ──幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある(望月哲男訳)。

 不倫に溺れるヒロインの人生を暗示する、冒頭に置かれた一文だ。

「これまで書いてきたエッセイなどとは異なり、小説はフィクションですから、自分とは違う人生のことが自由に書けます。せっかくなら自分からは一番遠いところにある〝不幸の形〟を探ってみたいなと思い、辿り着いたのが『はんぶんのユウジと』の主人公が陥る状況だったんです」

負の感情を発散せず正の感情に変換する

 二七歳のイオリは、結婚三ヶ月目に夫のユウジを突然死で亡くした。

 親が持ってきた見合いで出会った四つ年上の亡夫は、真面目さだけが取り柄で、結婚を決めた理由も〈「絶対無理」じゃなかったらいいや〉という消極的なものだった。彼女の中には不確かながらも愛が存在していたことは、〈初めてのセックスは、人命救助のようだった〉から始まり〈時折「ううん」と鈍い声を出すユウジさんの反応を頼りに進めていくうちに、妙な責任感が芽生えた〉という告白に至る一連の文章が証明している。ところが、いざ夫を亡くしてみると〈さほど悲しくない〉というのが本音だったことから、物語は不思議な軌道を描いて転がり始める──。著者は昨年末、いい夫婦の日に漫画家・清野とおるとの結婚を発表したが、執筆当時は未婚だった。そればかりか「将来、結婚するなんて思ってもみなかった」時期に、独身からは程遠い、未亡人の話を発想したのだ。

「結婚してすぐに妻が死んでしまう状況と、すぐに夫が死んでしまう状況とでは、同じようで違いがある気がしました。例えば再婚までの道のりを考えた場合、後者のほうが〝配偶者を亡くして悲しむ妻〟像を周囲に求められて、世間体を気にしなければいけない時間が明らかに長いです。でも、〝別に自分のことをすごく不幸だと感じない人だっているんじゃないかな?〟と思ったんですよ」

 初稿では、若くして未亡人となった姪っ子を見守る、叔母の視点で執筆していたそうだ。

「編集者からのなんか違うなぁという空気を感じ、その設定は捨てて話の流れはそのままに当事者の視点で書き直したんです。起きた出来事は同じでも、まるっきり違う感情が書けたことには自分でも驚きました。例えば家で突然死した夫を見つける場面で、イオリが最初に抱いた感情は〝怒られる!〟になりました。それから〝私のせいじゃない。私は悪くない〟という感情がどっと溢れ出していったんです」

壇蜜さん

 そうした思考回路の背景には、両親の存在があった。

「親からは逃げられないし、でも期待に応えられない。ましてや見合いともなれば、親からの期待やプレッシャーは強まりますよね。勧めに従って結婚することが、イオリにできるたったひとつの親孝行だったんだと思うんです。でも、それに〝失敗〟してしまった」

 イオリは自己評価が異様に低く、常に他人の目を気にしてしまう人だ。「普通」の価値観からはみ出したら叩かれるぞと言動をセルフチェックし、今の自分は周囲に「悲しむ未亡人」像を求められているからと、悲しみを装って生きる。本作は一九九〇年代後半をイメージして書かれたと言うが、SNSによる相互監視社会性が内面化した、現代的な個人の姿を綴っているように見える。

「親が自分を見ているという感覚は、いい方向に作用する場合もあると思いますが、誰かが自分を見ている、自分が失敗しないかどうか目を凝らしているという感覚にも繋がる。人を不自由にする第一歩なのかもしれません」

 鬱屈した感情が「怒り」となり、暴発する可能性もあったはずなのだ。しかし、イオリはそうした感情のルートを辿らなかった。

「一人になってもふてくされずに、ひたむきに淡々と生きられるというのは、彼女の強さだと思います。普段から〝怒られる!〟とビクビクしているんだけれども、彼女自身は誰かを怒らないんですよね。負の感情を攻撃的に発散するのではなくて、正の感情に変換して、人に優しくすることができる。〝弱いから、攻撃する〟のが今の風潮だとしたら、イオリは〝弱いから、優しくする〟。そのあり方が、正気を保つためのモデルケースになったらいいなと、書きながら思っていました」

 物語の終盤は「骨壺ごと渡された亡夫の遺骨を、仏壇もない狭い部屋でどう保管する?」というシチュエーション・コメディになるのも面白い。

「弱いからといって優しかったり、繊細で心遣いができるというだけではない、彼女のガサツなところが描けて良かったです(笑)」

世間に対して小声で〝うるさい〟と言う

 第一編の物語とかすかにリンクさせる形で執筆した第二編「タクミハラハラ」は、恋人に振られたことをきっかけに心機一転、眼鏡店でアルバイトを始めた大学三年生のタクミが主人公だ。

「イオリは周囲からの期待を感じると内腿にじとっと汗をかいていましたが、タクミは期待されると胃が痛くなる男の子です。あまり感情を表に出すタイプではなくて、見る人が見れば、すごく弱っちぃ。でも、彼が怒りに身を任せるタイプだったら、五ページぐらいで話が終わってしまう。小説の主人公にふさわしいのは、外からは落ち着いて見えるけれど、内側に感情がたくさん詰まっている人なのかもしれません」

 ある意味で「似た者同士」とも思える二人は、その後どうなったのか? 単行本用に書き下ろされた短編群では、イオリたちの後日談が描かれることになった。

「私としては鍋のシメまで行っていたつもりというか、〝ここまで書けばもう十分でしょ?〟と思っていたんですが、編集者から〝まだ足りないです!〟と注文が入りました。鍋の残り汁でうどんを作った後に、小盛りの冷や飯を投入して雑炊まで作った感覚です(笑)」

 自己評価が低く、他者から求められる自己像に合わせようと必死で生きている人間が、自分を変えるために必要なこととは何か。その答えを綴った最終編「スカイコート101号室」は、ロマンチックな仕上がりとなった。

「以前のイオリであれば、自分が取ろうとしている行動に罪の意識を感じて、前に踏み出せなかったと思うんです。でも、ユウジさんとの短い結婚生活やその後に起きたドタバタを経験して、彼女は世間に対して〝うるさい〟と小声で言えるようになったんですよね」

 出来事としてはかすかだけれど、本人にとっては大きな変化を描く。この人のような人生もあるんじゃないか、という生き方の一つを提示する……。新人小説家の初作品集には、文学と呼ばれるものの真髄が詰まっていた。

 


はんぶんのユウジと

文藝春秋  本体1450円+税

見合い結婚して早々、夫を亡くしたイオリは、悲劇の未亡人という周囲の視線を感じつつも、心から悲しむことができない。イオリが夫の遺骨と暮らす日常を軸にした五編からなる連作集。


 

著者名(読みがな付き)
壇蜜(だんみつ)

著者プロフィール

1980年秋田県生まれ。東京都出身。昭和女子大学卒業。和菓子工場、銀座のホステスなど様々な職業を経験後、グラビアデビュー。2013年映画「甘い鞭」に出演し日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近著に『たべたいの』『壇蜜ダイアリー』『死とエロスの旅』など。本書が初の小説集となる。

〈「STORY BOX」2020年2月号掲載〉
森 絵都さん『できない相談 piece of resistance』
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第77回