◎編集者コラム【特別版】◎ 『アップルと月の光とテイラーの選択』中濵ひびき 訳/竹内要江
英語が母語になった彼女にとって、その特性を活かしながら、日本社会のなかにソフトランディングするには、絶好の教育環境であった、というか、あるべきであった。両親もそれを望んでの転校であった。そしてそういう特性を持った子どもだからこそ、あこがれもされ、尊敬もされるはずであった。
しかし、日本語がごく普通の環境のなかで育ち、群れ遊ぶ子どもたちにとって、同じ肌の色、同じ日本人の顔をしながら、小学校3年生でありながら、たどたどしい日本語しか話せずにいた彼女は、「最高」の対象であった。「いじめ」の……。
学校側の対応は、ひびきとその「いじめ」の当事者たちを面談させ、その場で握手をさせ、事を収めたつもりでいた。しかし、そう簡単でなく、その「いじめ」は執拗に明に暗に続いた。次にとる処置は、空間的に両者を合わせないようにすること、つまりひびきを別の部屋で一人ぽつねんと「隔離」することであった。のちに、ひびきはその時の状況を、ナチから逃れて隠れ家に潜んでいたアンネ・フランクにたとえていたことを知った。
この「いじめ」は、姉と同じインターナショナル・スクールに転校することで、結末をみるが、トラウマとなり、彼女の心を強く深く傷付けることになった。しかし、このことが、ひびきにとって「悲劇」ではあったが、ただ傷付いただけに終わらなかった。彼女を「覚醒」させたのである。
「この世界はまるで学校の教室みたいだ。小学校四年生や五年生の教室をのぞいてみるといい。他人とちがっていたりおとなしかったりする子がいじめられている。人間は人種や宗教のちがいで他人を攻撃する。同じ人間だというのに。ユダヤ人、アラブ人、クルド人、中国人、インド人、アングロサクソン人、ケルト人、ドイツ人、ロシア人、スペイン人、メキシコ人、日本人、みな同じだ。まず、そういう基本的事実から出発すべきなんだ。そこから新しい世界をつくれるのだから。」(本書168頁)
「『ティー、苦しみのない人生なんてないさ。人間は困難なことを避けて生きようとする。だが、君はテイラーとしての二度目の人生で学んだんじゃなかったかい? きみは"What doesn’t kill you makes you stronger(つらいことが人を強くする)"という曲が好きだっただろう? まさにそういうことだよ。苦しいのは、それが試練だからだ。』」(本書332頁)
ひびきは、この傷の痛みを、彼女の世界観、人間観へと冷静に昇華させ、それを人間に与えられた試練ととらえ、その試練が人を強くする、文字通り彼女は「覚醒」したのである。
2012年の秋、彼女がインターナショナル・スクールに転校するにあたって、両親を含めて面談した時だった。彼女は両親に向かって「不自由な」日本語で、切々とこれからの自分自身の行く末について訴えた。福島に住む子どもたちを、医者になって救いたいと。小学校4年生のひびきが、である。その言葉に嘘はなく、直感的に本物だと感じたからか、思いがけなく涙をこぼしてしまった。
主人公テイラーはこういう。
「わたしの人生の重要なできごとは、決まって秋に起こる。秋はわたしの季節なのだ。誕生、死、出会い、別れ。さわやかだけど、どこかもの悲しい。それが秋。そういう忘れられない大切なできごとが、夜になるとのぼる満月の光に照らされながらわたしの記憶に落ちていき、深い部分に刻み込まれる。秋はわたしのターニングポイントだ。」(本書116頁)
ひびきとの運命的な出会いも、秋であった。
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