秋の夜長には虚実のないまぜになった物語を

物事の境界線が曖昧になる、そんな夜ってありませんか?
書店員名前
紀伊國屋書店鹿児島店(鹿児島)花田吉隆さん

 小説を読むという行為は、現実の世界で虚構の物語に浸るという作業なのかもしれません。私は夜中に小説を読みふけっていると、ふと、虚構と現実の境目があやふやな気持ちになってしまうという経験がよくあります。なんだかマトリョーシカの中のマトリョーシカになった気分です。そこで今回は、そんな気分に浸れる本を紹介したいと思います。

歪んだ波紋』(塩田武士)。この本のテーマはずばり、フェイクニュース。スマホを開けばいつでもどこでもネットニュースに触れられる時代。広大なネットの海に溢れだした情報は、真実・悪意のない誤報・悪意のある誤報・虚報・フェイクニュース、これらすべてを内包し、その境目を曖昧にします。我々が生きている社会の虚像と実像のギャップに強い眩暈を感じた一冊です。

歪んだ波紋
講談社

 次の1冊は『女ともだち』(真梨幸子)。同じ日に同じタワーマンションの別の階で発生した2件の殺人事件。2人のキャリアウーマンが犠牲となったこの事件は果たして連続殺人事件なのか。同じタワーマンションに住んでいること以外何の接点も無い2人。様々な憶測が週刊誌を賑わす中、やがて浮上する容疑者と女検事によって語られるストーリー。どこまでが真実でどこからが憶測なのか。渦巻く憶測が現実を覆い尽くして真実を演じ始める展開に心が震えます。最後に女性ライターが辿りついた、全ての現実と憶測をはるかに凌駕した結末に悪寒が止まらない1冊です。

女ともだち
講談社文庫

 最後の1冊は『君の話』(三秋縋)。存在したはずのない記憶を抱え生きる主人公。その記憶は心を通い合わせた幼馴染との甘く幸せな青春の記憶。人類が記憶の書き換えを可能にしたSF的世界を背景に、偽りの記憶の中の彼女と再会する主人公が落ちていく現実と虚構の狭間に本を読む手が止まりませんでした。個人的には今年一番の青春ラブストーリーです。

 小説を読むという行為は、虚構の物語を現実の世界に取り込むという作業なのかもしれません。私たちは小説を通して何度でも過去を体験できるし、何度でも失恋できるし、何度でも冒険できる。そんな気持ちにさせられた秋の夜でした。

 たとえばこんな物語。秋の夜長にどうでしょう?

君の話
早川書房
〈「きらら」2018年11月号掲載〉
著者・原田まりるにインタビュー! 哲学を体感せよ! あなたを救う新しい言葉との出会いが詰まったコミック版『ニー哲』の魅力!
今月のイチオシ本【ノンフィクション】