今月のイチオシ本【ノンフィクション】

 

『愛を描いたひと イ・ジュンソプと山本方子の百年』
大貫智子

愛を描いたひと イ・ジュンソプと山本方子の百年

小学館

 日本ではあまり知られていないが李仲燮は韓国の国民的画家で「韓国のゴッホ」とも呼ばれている。39歳で夭折した天才画家の妻は日本人の山本方子。今年100歳になるがお元気だ。

 新聞記者である著者はソウル特派員時代に李仲燮の存在を知る。彼の絵に惹かれ日本で方子へのインタビューを重ねた。

 李仲燮は1916年に日本統治下にあった朝鮮半島の平原郡(現在の北朝鮮内)の裕福な農家に生まれた。幼少から画才を開花させ東京の文化学院に留学する。方子とは在学中に出会う。背が高くハンサムでニックネームは顎が長いから「アゴリ」。方子は今でもアゴリと呼ぶ。

 惹かれ合う二人を結んでいたのは絵葉書だ。絵だけのラブレターが三日にあげず方子に届いた。在学中に才能は認められ「天才画家が半島から来た」と展覧会などで高い評価を得ていたという。

 二人が結婚を意識し始めたころ、戦局が悪化。1943年、李仲燮は元山に帰郷する。彼を追いかけ方子が日本を離れたのは45年春。すぐに式を挙げ「南徳」という朝鮮式の名前を授けられた。

 結婚した方子に終戦後も差別や偏見は及ばず、子も生まれて仲の睦まじさは周囲の憧れであった。

 だが朝鮮戦争勃発が幸せを奪う。北から逃れ落ち着いた済州島での生活は貧しすぎた。生きるため方子と息子二人だけ日本に帰る決断をする。いつか一緒に暮らす日が来る、その思いだけが、残された芸術へ昇華されていった。この別離から再び家族が一緒に暮らせたのは李仲燮が日本を訪ねた一度きり、それも1週間だけのことだった。半島で創作に戻った李仲燮だが、やがて精神を侵され39歳という若さで死去した。

 掲載された多くの口絵には描かれた時の二人の気持ちや状況が丁寧に説明されている。表紙の夫婦が愛し合う絵はユーモラスながらも切実な思いが見て取れる。

 死後、評伝が著され二人の書簡集がベストセラーになり、韓国から文化勲章も授与されるほど著名な画家となった李仲燮。だが方子にとっては愛する夫に過ぎない。歴史に翻弄された夫婦愛の物語だ。

(文/東 えりか)
〈「STORY BOX」2021年10月号掲載〉

◇長編小説◇白石一文「道」連載第10回
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.13 吉見書店竜南店 柳下博幸さん