カレー沢 薫『〆切りは破り方が9割』

日本の労働環境は厳しい、だが全てがそうではない。
以前から連載していた漫画家の生態に関するコラムを「〆切は破り方が9割」というタイトルで書籍化することになった。
しかし、この本はタイトルの時点でJARO案件である。これだとあたかも私が9割〆切を破っているような印象を与えるが、本当はそこまで破っていない。
漫画家と編集者の間で〆切の解釈が違うため、編集者からすると9割破っているのかもしれないが、こちらの認識では破っていないし、〆切の定義を漫画家の感覚に合わせると〆切を破る漫画家などこの世には一人もいない、ということになる。
しかし、そうすると〆切を破る奴がいなくなる一方で、連載漫画という形式もこの世から消えてしまうので、漫画文化のために、漫画家もできるだけ編集者が定義する〆切に合わせようとはしている。
私もそれに倣い、タイトルが誤りだから変えろというのではなく、タイトルの方に合わせて行くようにしている。
つまり、この本の書籍化作業のほぼ全ての〆切を破っているし、もちろんこのPR文章の〆切もすでに5日すぎている。
少しでも〆切破り率を高め、タイトルである9割に近づけようという歩み寄りである。
編集者の認識に合わせるとすでに「12割」にしないとタイトル詐欺になる状況かもしれないが、パケにDカップと書いてあるのにCカップで怒る客はいても、Eなことに怒る奴はそんなにいないだろう、むしろお得だと思ってほしい。
そもそもPRと言われても、漫画家のエッセイ、それも漫画制作のノウハウなどには一切触れていない本をどう勧めればいいのか以前に誰に勧めたらいいのかがわからない、つまり誰が読んでもいいのかもしれない。
強いて言うなら、働いている人、またはこれから働こうとしている人向けと言える。
日本は規則や期限に比較的厳しい国である、そのおかげで時間通りに来る電車や、ミルクティー色をしていない水道など、クオリティの高い生活を享受できているので何とも言えないが、それゆえに日本社会で働く難易度も上がりすぎているような気がする。
そんな社会からはじき出されたり、恐怖を感じてひきこもってしまう人も日本には多いのだ。
確かに、日本の労働環境は厳しい、だが全てがそうではない、この本に書かれている「漫画業界」のように「こんな奴でも15年以上在籍を許されている世界がある」ということを知ってもらいたい。
つまりこれは就業支援本である。全国のハローワークや学校の進路指導室に置いてもらいたい。
カレー沢 薫(かれーざわ・かおる)
山口県生まれ。漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。2021年『ひとりでしにたい』で第24回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門優秀賞を受賞した。エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』など多数。