「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)最終回

最終回.「エビフライの尻尾の欠片」
エビフライの尻尾をガリガリと食べたら、その欠片が歯茎に刺さってしまった。痛い。歯に沿うようにして歯茎に刺さっている。歯が尻尾の鎧を纏っているようだ。歯に衣着せぬという言葉の意味が、思ったことを率直に言うということであれば、逆に歯に鎧着せるという言葉は、沈黙を意味するのかもしれない。
そんなことを考えながら、舌を使って、尻尾の欠片をぐいぐいと刮ぎ取ろうと目論むも、思ったより深く刺さっているようでビクともしない。若干、血の味もしてきた。痛みと血の風味が口の中に充満する。ふと思い出した。昔、漫画『ピンポン』を読んで、改めて知ったこと。
「血って鉄みたいな味がするんだぜ」
主人公ペコが幼少期に親友のスマイルに対して、得意げに言い放つのだ。誰もが知っていることなのに、なぜかその言葉を発するペコがとてもかっこよく思えた。スマイルもきっと僕と同じ気持ちだったはずである。
僕は小学生の頃、雲梯にはまっていたことがある。お猿さんのように雲梯にぶらさがってひょいひょいと進むのではなく、雲梯に足をかけ逆さ宙ぶらりんの状態になり、ぷらぷらするのである。これをみんなでコウモリと称して遊んでいた。そうすると、頭に血が上ってきて、なんとなく鼻腔の中で血の匂いが香ってくる。やがてどうも口の方にも辿り着き、血の匂い味のような形となって口の中に漂う。さらに雲梯の鉄が錆びた匂いと己の血の匂い味がないまぜになり、より濃く鉄みたいな味を感じる。そうか、人間は鉄で出来ているのだ。
鉄みたいな血と言えば、繋がりのことが思い浮かぶ。今まで血の繋がりというものをあまり意識したことはなかった。生物的に血が繋がっている者に対して無意識下で親しみを感じることはあるのかもしれない。しかしながら、そんなことよりも優しくしてもらったとか、大きくなるまで育ててもらったとか、行動を伴う愛情に対して、血の繋がり以上の愛着を感じる。
先日、初めて兄の家に遊びに行った。兄には娘が2人いて、上がサキ、7歳、下がミズキ、4歳。いわゆる姪っ子ちゃんで、僕はいわゆる叔父さんである。紛うこと無き、血が繋がっている人間だ。叔父さんとして初めて姪っ子に会うなんて、緊張しないわけがない。
初見で嫌われたらどうしよう。会うやいなや「なんか、きらーい」とか言われたらどうしよう。子供というのは、なんか嫌っちゃう生き物のはずである。勝手な偏見だけれど。そして何より初見で僕が変なこと言ってしまったらどうしよう。
「いやはや、とてもお若いですね」とか、7歳と4歳に言ってしまったらどうしよう。
「おお、なかなかどうして、ミニサイズですなあ」とか、何て答えていいかわからないことを言ってしまったらどうしよう。
「私は今年で38歳、なるほど、君たちはまだ一桁かい?」とか、桁でマウントをとろうとしてしまったらどうしよう。
「私のことは叔父さん、いや、それでは足りぬ、タートルネック伯爵と呼びたまえ」とか、タートルネック着てないのに、爵位も持っていないのに、そんなことを言ってしまったらどうしよう。
そんな心配も杞憂に終わり、普通に「こんにちは、まさあき叔父さんですっ!」と元気良く言うことができた。そりゃあ、大人だもの、叔父さんだもの。なんてことないさ。
一応、手土産として、ポケモン好きのサキにはルカリオのぬいぐるみ、猫好きのミズキには、ふくよかな猫のぬいぐるみをプレゼントした。とても喜んでくれた。たまたま僕が猫の柄のTシャツを着ていたのを兄が「ほら、叔父さんの服に猫がいるよ」と指摘すると、ミズキは「やったー!」と走り回った。何が「やったー!」なのかはわからないが、何より、かわいい。叔父さんはメロメロを通り越してメリメリである。床に頭をメリメリとメリ込ませてしまった。メリメリし過ぎて床を突き抜け、地面も突き抜け、マグマも突き抜け、地球の反対側まで突き抜け、宇宙も突き抜け、無を突き抜け、挙げ句、メリメリと突き抜けたという事実だけが残るほどに、かわいい。
それから、サキとミズキは初見の叔父さんを警戒することなく、打ち解けてくれた。そして姪っ子シスターズによる怒濤の紹介ラッシュが幕を開けた。
「これ金メダル」「この亀の甲羅のぬいぐるみ、中に色んなのが入ってるよ」「これパパと作った切り絵」「これ綺麗な石」「この箱の横、ばふっとすると空気出る」「綺麗な石の図鑑」「鉄みたいな石」「このブロックで家作った」「海で拾った石」「前のプリキュアのやつ」「細かい石」「えっほえっほえっほ、見て、石」などなど。
若干、石の割合の多い紹介ラッシュであった。それからも、部屋中を走り回ったり、空気で膨らますボールを投げたりして、パパやママに注意を受けていた。とてつもない衝動とエネルギーである。彼女たちが発する膨大なるエネルギーを浴びた気がした。それはもう宇宙すらも創成できるのではないかというエネルギーに感じた。物凄かった。僕はただただ呆然とする時間もあった。そして、ただただ愛おしかった。
この感情は叔父と姪という間接的な血の繋がりがあるからだろうか。いや、やはりそうではないように思う。叔父さんではあるのだが、ただのおじさんの僕に対して無邪気に、そして純粋に「こんなのあるんだよ」「これ見て」「これって知ってる?」と興味や好意を向けてくれたことによる嬉しさから発露している感情である。
別に血の繋がりというものをないがしろにするつもりは全くないのだが、それ以上に、関係性のある人の誠意ある言動なり、心に芽生えた恩、与えられた優しさという繋がりを大切にしたい。実際に今の自分が出来ているかどうかはわからないが、少なくとも、そうありたいと思う自分でいたい。
けれど、この認識もまた男性と女性の間でも異なるのかもしれない。子供は当然だが、女性から誕生するもの。自分のお腹を痛めた子供というのは真に血の繋がりを感じられるのかもしれない。まあ、それもまた性差関係なく人それぞれの認識であるので、女性の方が血の繋がりを重んじるものだと断じることはできない。そして、当然のこととして、何かを大切に思う理由に優劣など存在しない。
そんな答えを導き出せないものについて、今、想いを馳せている。こんな想いを馳せモードになってしまっているのも、きっと、姪っ子に初めて会ったり、相方が結婚したり、最近子供が生まれた親友に10年ぶりに会ったり、映画『国宝』を観たり、雨の中を散歩したり、爪を切ったり、グリーンカレーを食べたり、グリーンカレーを食べなかったり、エビフライを食べたりしたせいなのかもしれない。
そうだった、歯茎に刺さったエビの尻尾の欠片の話だった。そして、歯茎から染み出る血の話だった。長らく舌で欠片をぐいぐい押し出そうとしているのだが、こんなにも取れないものか。もう少しぐいぐいしてみよう。
ぐいぐい。
あ、取れた。
やったー!
最後に、今回の原稿で妄想ふりかけお話ごはんは終了です。最後最後したくなくて、いつも通りの内容にさせていただきました。今まで読んでくださった方々ありがとうございました。引き続き、男性ブランコをよろしくお願いいたします。

平井まさあき[男性ブランコ]
1987年生まれ。兵庫県豊岡市出身。芸人。吉本興業所属。大阪NSC33期。2011年に浦井のりひろと「男性ブランコ」結成。2013年、第14回新人お笑い尼崎大賞受賞。2021年、キングオブコント準優勝。M-1グランプリ2022ファイナリスト。第8回上方漫才協会大賞特別賞受賞。趣味は水族館巡り、動物園巡り、博物館巡り。