◉話題作、読んで観る?◉ 第41回「鳩の撃退法」
8月27日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト
直木賞作家・佐藤正午が5年がかりで書き上げた上下2巻ある長編小説の映画化。佐藤作品は『永遠の1/2』『ジャンプ』『身の上話』などが映像化されており、本作は5本目の映画となる。
主人公となるのは、女にもお金にもだらしない作家崩れの津田伸一(藤原竜也)。かつて直木賞を受賞し、天才作家と呼ばれたのは過去の栄光。今では食い詰めて、高円寺のバーで働いている。津田のいるバーに編集者の鳥飼(土屋太鳳)が通い、執筆中の小説の下書きを読み始めたことから物語が始まる。
津田が書いている小説は、地方都市で起きた「神隠し事件」をモチーフにしたもの。バーのマスター・幸地秀吉(風間俊介)ら幸せそうな一家三人が姿を消した失踪事件の真相に、津田は作家としての推測を交えて迫っていた。
小説にはその街で風俗店のドライバーとして働く津田も登場し、やがて偽札事件に彼自身が巻き込まれるはめに。裏社会を牛耳る倉田健次郎(豊川悦司)が現われ、物語は意外な方向へと進んでいく。
どこまでが津田の想像なのか、それとも実際に起きた出来事なのか。タイトルからは予測できない謎解きエンターテイメントとして、2時間弱にまとめ上げられている。だが、ただの謎解きだけで済ませるのは、もったいない。登場キャラクターたちはみんな多面的であり、厄介ごとを抱えながらも、ささやかな幸せを求めて生きている。人を喰ったような津田と各キャラとのやりとりが、おかしみを感じさせる。
謎解きの手掛かりとなるのは、児童文学『ピーター・パンとウェンディ』。ピーターパンが瀕死の妖精ティン・カーベルを生き返らせるために、読者に向かって「きみたち、(妖精を)信じますか?」と呼び掛けるシーンは、ミュージカルでも再現されている名場面だ。
この物語も、観客に向かって呼び掛ける。人間は愚かで、過ちを何度でも繰り返してしまう。でも、心の奥底には善意も眠っているのではないか。あなたは、人の善意を信じますかと。
どうしようもないダメ男の津田伸一だが、映画を最後まで見届ければ、『5』にも登場した津田のことが少しだけ愛おしく感じられるに違いない。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2021年9月号掲載〉