◉話題作、読んで観る?◉ 第50回「流浪の月」
5月13日より全国公開中
映画オフィシャルサイト
2020年の「本屋大賞」を受賞した凪良ゆうの小説『流浪の月』を、『悪人』『怒り』などで知られる李相日監督が映画化。ネット上での中傷が続くデジタルタトゥーや家庭内暴力によって居場所を失った男女の姿を、いっさいのケレン味を排して描いている。
更紗(広瀬すず)は10歳のときに女児誘拐事件に遭った被害者としてのトラウマを抱えていた。誘拐犯として逮捕されたのは大学生の文(松坂桃李)だが、実際には更紗は当時預けられていた親戚宅で性的虐待に苦しんでおり、心優しい文の部屋に匿ってもらっていたというのが真相だった。
しかし、逮捕された文は「ロリコン誘拐犯」として社会から断罪され、更紗も犯人に洗脳された可哀想な被害者というレッテルを貼られてしまう。成人した更紗の同棲相手である亮(横浜流星)は、更紗にはどこにも逃げ場所がないことを知った上で、結婚を申し込む。言いようのない窮屈さを感じた更紗は、たまたま入ったカフェで文と15年ぶりの再会を果たす。
少女時代に虐待され、自分を救ってくれた文の人生までめちゃめちゃにしたという自責の念に囚われる更紗は、セックスを嫌悪するようになっていた。周囲の哀れむような目線も、更紗を息苦しくしている。様々な精神的苦痛に悩む更紗が心を開ける相手は、世間から迫害され続けている文だけだった。大人の女性を愛することができない文と、性嫌悪症の更紗は再び惹かれ合うようになっていく。
李監督はデビュー作『BORDER LINE』から、社会の辺境で生きる人たちをテーマに映画を撮り続けてきた。本作もまた、世間の偏見に晒されながらも自分の生きる場所を懸命に求める主人公像となっている。
主人公の内面が語られる小説と違い、表情や台詞のやりとりだけで複雑な心情を表現してみせた広瀬、松坂の熱演は特筆もの。韓国映画『パラサイト 半地下の家族』の撮影監督ホン・ギョンピョのカメラワークと原摩利彦のピアノによる劇伴も的確で、2時間30分のドラマが淀みなく奏でられていく。
男女間の恋愛感情とは異なる、お互いの境遇を理解しあう者同士の強い結び付きが、観る者の心に突き刺さる逸品に仕上がっている。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2022年6月号掲載〉