◉話題作、読んで観る?◉ 第38回「いのちの停車場」
5月21日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト
現役の医師・南杏子の医療小説を、『孤高のメス』『八日目の蝉』の成島出監督が映画化。122作目の映画出演となる吉永小百合が、初めて医師役に挑んでいる。
白石咲和子(吉永小百合)は東京にある救命救急センターに勤めるベテラン医だったが、センター内で起きたトラブルの責任を負い、退職する。咲和子の新しい職場は、故郷・金沢市にある訪問医療を専門とした小さな「まほろば診療所」だった。
東京で最新医療に携わってきた咲和子だが、在宅医療は初めての経験。整った医療設備も人手もない環境の中、高齢患者や余命宣告された患者に加え、休みなく患者を介護する家族の心もケアしなくてはならない。院長の仙川(西田敏行)に励まされながら、在宅医療や終末期医療の在り方を咲和子は模索することになる。
患者に温かい笑顔で接する咲和子は、少しずつ患者やその家族から信頼されていく。だが、咲和子の父親(田中泯)が体調を崩したことから、咲和子は精神的に追い詰められてしまう。延命治療を嫌い、安楽死を望む父親に対し、娘である咲和子は冷静な判断をくだすことができない。
在宅医療をめぐる問題、日本では違法となる尊厳死など、シビアな題材を扱っているが、しっかり者の訪問看護師・麻世(広瀬すず)、医師試験に失敗した野呂(松坂桃李)ら若い世代が物語の潤滑油となり、患者や咲和子だけでなく観客もなごませてくれる。
脊髄損傷したIT会社の社長(伊勢谷友介)の求めに応じ、咲和子が他県の専門医と連携し、最先端の治療を試みるエピソードは、これからの在宅医療の可能性を感じさせ、興味深い。原作には詳しい症例や治療方法が記されているので、映画の観賞後にぜひ一読を。
ひとりの人間にできることは限られている。でも、自分のためではなく、他の人のためになら一生懸命になれる人たちがいる。「まほろば診療所」で働く人たちは、患者や仕事仲間に惜しみなく愛情を注ぐ人たちばかりだ。さまざまな命の最期を看取る咲和子を支える仲間たちは、やがて家族同然の関係となっていく。「まほろば診療所」には最新の設備は整っていない。だが、理想の職場であることは間違いないだろう。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2021年6月号掲載〉