◉話題作、読んで観る?◉ 第35回「あの頃。」

◉話題作、読んで観る?◉ 第35回「あの頃。」

監督:今泉力哉/脚本:冨永昌敬/音楽:長谷川白紙/出演:松坂桃李 仲野太賀 山中崇 若葉竜也 芹澤興人 コカドケンタロウ 大下ヒロト 木口健太 中田青渚 片山友希 山﨑夢羽(BEYOOOOONDS) 西田尚美/配給:ファントム・フィルム
2月19日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト


 ロックバンド「神聖かまってちゃん 」の元マネージャーとして知られる劔樹人の自伝的コミックエッセイの映画化。『愛がなんだ』をスマッシュヒットさせた今泉力哉監督が、むさ苦しいアイドルオタクたちの青春を笑いの中に愛情いっぱいに描き出している。

 2004年の大阪。フリーターの劔(松坂桃李)はバンド活動がうまく行かず、人生のどん底状態にあった。そんなとき、人気アイドル・松浦亜弥のビデオを見て、彼女のキラキラした輝きに思わず涙を流してしまう。以来、あややファンになった劔は、彼女が所属する「ハロー!プロジェクト」のマニアが集まるトークライブに参加するようになる。

 ケチでネット弁慶のコズミン(仲野太賀)をはじめ、トークライブの常連は30歳前後の独身男性ばかり。松浦亜弥やモーニング娘。のビデオを一緒に鑑賞し、自分が推すアイドルを熱く語り合う。社会に居場所のなかった劔にとって、心を許せる仲間たちとの出会いだった。

 AV女優との握手会で盛り上がり、コピーバンド「恋愛研究会。」を結成するなど、「中学10年生の夏休み」のような毎日が続く。女性にはまるでモテず、将来への不安はあるが、「人生で今がいちばん楽しい」と劔たちはちょっと遅めの青春を謳歌する。

 今泉監督は劇映画デビュー作『こっぴどい猫』から、〝誰かを想うこと〟の大切さをテーマにしたコメディを撮り続けている。劔たちのアイドルへの熱い想いは、アイドルオタク以外からは気持ち悪がられるし、アイドルとファンという関係性を縮めることもできない。でも、誰かを大切に想うことで、生きることが俄然楽しくなってくる。

 物語の後半、性格に難のあるコズミンが末期がんであることが分かる。泣かせる展開になるのかと思いきや、劔たちもコズミン本人も余命わずかという状況を、徹底して笑い飛ばそうとする。「今がいちばん楽しい」と死に際まで思えたら、それはどんなに幸せな人生だろうか。

 男たちの毎日がむさ苦しければむさ苦しいほど、ステージ上のアイドルは輝きを増す。やがて青春時代から卒業する主人公を、アイドルは笑顔で見送る。一瞬の輝きを放つアイドルたちが、とても愛おしく感じられる。

原作はコレ☟

あの頃。男子かしまし物語

『あの頃。男子かしまし物語』
劔 樹人/著
(イースト・プレス)

(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2021年3月号掲載〉

【著者インタビュー】中森明夫『キャッシー』/超能力をもつアイドルの愛と復讐を描く
源流の人 第10回 ◇ 小島武仁 (経済学者/東京大学教授)