里見蘭

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第108回
 要領を得ない彼女の言葉をつなぎ合わせると、過去萌愛の身に起きたと思われる出来事が形をなしてきた。  小学四年生の頃、性被害に遭ったらしい。離婚したばかりだった萌愛の母親と萌愛は、困窮したシングルマザ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第107回
 後部のベッドへ移ると、鴇田は、向き合って座る萌愛にそっと手を伸ばし、髪の毛に触れた。癖のない髪は細く柔らかく適度なボリュームがあり──貧困層には珍しいことに──上質のシルクのような滑らかさを持ってい
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第106回
 家の近くは避けたいという彼女が指定した待ち合わせ場所は、隣接した足立区綾瀬(あやせ)にある小さな公園だった。夕方六時。まだ完全には暗くなっていない。私服でベンチに座っていた萌愛に鴇田はすぐ気づいた。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第105回
 鴇田がその年代の女とセックスをしたのはアメリカ留学時以来だった。  アルバイトをしていた造園業の得意先に不動産会社を個人経営する白人のシングルマザーがいた。仕事でやり手の彼女は営業を兼ねた付き合いが
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第104回
   鴇田が初めてセックスしたのは小学五年生のときだった。相手は三十代の人妻。鴇田をモデルにしたマダムの作品シリーズのコレクターで、当時マダムが開いていた絵画教室にも生徒として東京から通って
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第103回
 アンティークの木のデスクに向かって座ると、残りのクッキーを口に放り込んで仕事でも使っているノートパソコンを開いた。引き出しから一テラバイトのポータブルSSDを取り出しUSB端子にセットして、暗号化し
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第102回
 エマが樹上からするするとうっとりするような滑らかな動きで頭を先に降りてきて、胴体を幹に巻き付けたまま鎌首をもたげると、素早くマウスに食らいついた。長い牙でしっかり保持してから顎を開き、何度かくわえ直
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第101回
 客たちが取り皿に料理をよそいはじめた。  生野菜やクラッカー、ナチョスで食べるディップはワカモレ、ホットツナ、ビール入りチェダーチーズの三種類。フィンガースナックはココナッツ・シュリンプ、コーンフリ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第100回
「ほんとだ。これだけ余裕があれば、十二──いや十五人のパーティもまかなえそう」漆野の妻はグリルから鴇田に目を向けた。「これ、オーブンにもなるんですよね。最高温度は?」 「摂氏三百十五度です」 「四百度
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第99回
 断章──鴇田        1    ほのかに潮の香を含んでいるがべたつかない風が、アメリカンカントリー調に植栽された庭の木々の葉をさらさらと鳴らす。日差しは柔らかで、ゆったりし
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第98回
 確認したかったのは増山ではない。増山とスクーターの二メートルほど後方に、目当てのものがはっきり見えた。フェンスに寄せる形で停まっている白いバンだ。フロントウィンドウの向こうが銀色に光っているのは、日
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第97回
       6   「へいお待ち!」  森元逸美が志鶴のデスクにA4のクリアフォルダを置いた。一番上の書面に「証明予定事実記載書」というタイトルが読めた。 「ありがとうございます
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第96回
   みくるに往復の電車賃に足りるだけの金を渡して秋葉原の駅まで送ると、志鶴は事務所に戻った。志鶴に物問いたげな顔を向けた森元に歩み寄る。 「あの子、河川敷にいた三人のうちの一人よね?」興味
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第95回
「トキオ。カタカナで。LINEとインスタブックの名前。それしか知らないって萌愛が」  みくるも言ったとおり、中学生との性交渉は地方自治体が定める淫行条例に抵触し刑罰も科されうる。本名ではないだろうが重
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第94回
 菓子を一つ食べ終えたみくるは、麦茶を飲んだ。 「どうだった、今の?」 「あ、美味(おい)しかった」 「よかった」  グラスを置くとみくるは鼻をすすった。アレルギー持ちなのかもしれない。 「……あのさ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第93回
「おいおい、早速仲間割れかよ!」蟇目がパイプを取り大口で笑った。「こりゃあ面白くなってきやがった。こいつら優秀だから俺は狸(たぬき)の置き物決め込んでるつもりだったが、何だかやる気出てきちゃったなあ」
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第92回
「刑事訴訟法316条の3第1項──」能城が言った。「〝裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるよう、公判前整理手続において、十分な準備が行われるようにするとともに、できる
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第91回
       4  書記官に教えられた会議室へ向かうと、前方の角から三人の人影が現れた。東京地裁の入った合同庁舎、刑事部のあるフロアだ。男性が二人、女性が一人。志鶴たちに気づき、立ち止まる