里見 蘭『人質の法廷』

里見 蘭『人質の法廷』

里見蘭の代表作、爆誕です!


「面白い弁護士さんがいるらしくてね」という編集者さんの言葉がすべての始まりでした。

 高校大学時代はパンクバンド活動に明け暮れ、大学卒業後はフリーター。そこから一念発起してロースクールに入学し、司法試験に一発合格した1年目の女性弁護士・さき友里ゆり先生を取材して小説にする――というのが、私にオファーされた企画です。

 ライター出身の私は、バブル末期のTVバラエティ『料理の鉄人』に出演したシェフ十数人への取材を皮切りに、銀座のクラブホステス、探偵、出版社の書店営業、エアラインパイロット、藝大生、ギャラリスト、ブックカフェのオーナー等に取材して作品化してきた経験があったので、軽い気持ちでお引き受けしました。

 まさかそれが、足掛け9年にも及ぶことになる、物書きとしてのキャリアでも最大のプロジェクト、最難関のチャレンジになろうとは夢にも思わずに。

 最初に出した「お仕事もの」の企画書はボツになりました。ありきたり過ぎる、というのがその理由です。

 そこへ、須﨑先生から裁判の傍聴のお誘いが。彼女が、師と仰ぐ先輩刑事弁護士とタッグを組んで弁護する、裁判員裁判の公判です。被告人は無罪を主張。検察官と弁護人が真っ向からぶつかる、大型否認事件の公判でした。

 10日にも及ぶ公判期日のすべてに通い詰め、傍聴席の最前列に陣取って4冊のメモ帳を書き潰した私は、衝撃を受けました。検察側と弁護側との激しい攻防が、これまでに映画やTVドラマ、小説では触れたことがないほど圧倒的に「リアル」だったのは当然として、想像をはるかに超えるドラマチックなものだと感じたからです。

 その源泉は、二人の弁護人による弁護活動にありました。国家権力から被告人を守るため、緻密に大胆に、渾身の力を振り絞るお二人の姿に、私は立場を忘れ感動していました。

 そして、期日の終盤で、裁判長に補充捜査を請求した検察官に先輩弁護士が異議を発した瞬間、雷に撃たれたような全身の震えとともに確信しました――お二人が強大な権力を相手に守ろうしているのは、依頼者である被告人の人権だけではない、地上に生きるわれわれすべての人間の権利なのだ、と。

 同時に、自分が書くべき物語が、そのゴールまでまっすぐにイメージできました。傍聴後書き直した企画書に、編集者さんは今度はゴーサインを出してくれました。

 そこから、足掛け6年のウェブサイトでの連載、100冊近い参考資料と多数の論文・無数のウェブサイトの渉猟、400字詰め原稿用紙換算1100枚超のwordによるノート作り、リーガルマインドを学ぶため受けた宅建士試験(独学で一発合格)、連載終了後の大幅な改稿作業へと続く長い長い旅が始まったのです。

 3人の素晴らしい編集者さんの伴走を得て、ようやく600ページ超えの鈍器本として結実しました。里見蘭という作家を知らなかった方にも、ぜひ一人でも多くの皆様にこの長い旅の結末を見届けていただきたいと思います。

 


里見 蘭(さとみ・らん)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。編集プロダクション所属のライターを経て作家デビュー。2008年、『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。近著に『古書カフェすみれ屋とランチ部事件』(大和書房)、『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』(宝島社)等。漫画のノベライズや原作も手がける。

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人質の法廷

『人質の法廷』
著/里見 蘭

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