谷 瑞恵『みちひらきのおかげ犬』

犬も杓子も、ようこそお伊勢さんへ
『おかげ犬』を知っていますか? 江戸時代に、飼い主の代わりにお伊勢参りをしたという犬です。周囲の旅人たちの力を借りて、神宮の御札を購入し、飼い主の元へ帰ったという実話がいくつか残っています。
そんな『おかげ犬』が現代にいたら……。と想像したのが、この物語を書くきっかけでした。犬が一匹だけで旅をして、目的を達してちゃんと家へ帰るなんてロマンじゃないですか。このシチュエーションにグッと心をつかまれてしまい、猫派でありながら、お散歩中の犬を見るたびニヤニヤしてしまう有様となりました。
そうして、おかげ犬の存在は、お伊勢参りを願う人々の信心深さとつながっていたのだと思うと、伊勢に残る不思議な言い伝えに自然と結びついていったのです。
もともと、伝承、伝説などが大好物だったので、伊勢神宮みたいに有名じゃないけれど、知る人ぞ知る伊勢のパワースポット(!)も紹介したい、という欲張りな思いが成就しました。
登場人物は、人生の道に迷った人たちです。様々な理由で、自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのか、わからなくなっています。もしかしたら、人生の道が見えている人のほうが稀なのではないでしょうか。誰でも、未来がわからないまま進んでいくしかないからこそ、ときには神仏に手を合わせたくなるのかもしれません。特に信心深くはなくても、そうすることで安心できることもあるのでしょう。
おかげ犬には目的があって、迷いなく進んでいきます。人ではない生き物だから、どこか神さまに導かれているような存在なのかもしれません。おかげ犬に出会った人たちは、迷いながらもぼんやりと、進むべき道を見つけていきます。みちひらきの神さま、猿田彦大神の加護を得て……。
と、ここまで書いて今さらですが、私は伊勢の出身です。これまであまり、地元を具体的に小説に取り入れることがなかったのですが、今回、実際にある言い伝えとともに、地名や施設も取り上げています。もちろん小説なので、あくまでフィクションですが、おかげ犬とともに伊勢の地を旅し、おかげ参りを果たしたような気持ちになってもらえればうれしいです。
谷 瑞恵(たに・みずえ)
三重県生まれ。三重大学卒。1997年集英社ロマン大賞佳作を受賞しデビュー。主な著作は『伯爵と妖精』『思い出のとき修理します』などのシリーズや、『木もれ日を縫う』『まよなかの青空』『めぐり逢いサンドイッチ』『神さまのいうとおり』『あかずの扉の鍵貸します』『小公女たちのしあわせレシピ』『こだま標本箱』など。

