漂白

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◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第168回
「ここに映し出された内容について、裁判員の皆さんにもわかりやすく説明してもらうことはできますか?」「できると思います──」染谷はそれが増山のブラウザの履歴であることを説明した。「ここに『女子中学生 レイプ』という文字があります。これは何でしょうか?」「それは検索文字列です。パソコンを使っていた人がキーボードで打ち込んだ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第167回
 志鶴は立ち上がった。「反対尋問の必要はありません」「五人の証人が取調べられてきたが、弁護人は一人も反対尋問していない。反対尋問しないなら、最初から書証の取調べを認めていれば、貴重な時間を割いてくださっている裁判員の皆さんに余計な負担をかけることもなかったのではないか?」獲得できるものがなければ反対尋問はするべきではな
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第166回
5 志鶴は弁護人席へ戻った。「いい陳述だった」そう聞こえて顔を向けると田口と目が合った。田口がまた前を向く。本当にそう言ったのか確証が持てなくなる。裁判員が検察官の冒頭陳述で抱いた強烈な有罪心証を弁護人の冒頭陳述だけで覆すのは不可能だろう。それでも打つべき布石はすべて打った。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第165回
 増山が志鶴に語った供述と警察で作成された書面等から、増山の事情聴取や取調べを担当した刑事たちを特定した。灰原は増山が「ノッポ」と認識していた刑事だ。柳井に命じられ、助言を受けながら灰原は増山の一人称で綿貫を尾行し刃物で殺害し遺体を遺棄したという事実とかけ離れた、増山が言ってもいない内容の供述調書を作文する。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第164回
「警察官/検察官が噓をつくなんてあり得ない」?「警察官/検察官の立場だからこそ、法廷で噓をつく理由がある」?「さて、綿貫さんのご遺体が発見されたあと、警察はどうしていたでしょうか? まず現場で発見された吸い殻からDNAを採取し、鑑定しました。ご遺体には浅見さんのときと同様、真犯人が自身の痕跡を消すため漂白剤が撒かれてい
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第163回
「当時事件についての報道をご覧になっていた方は、おかしいとは思わなかったでしょうか? 犯人がお二人のご遺体に漂白剤を撒(ま)いたのは、自分のDNAを破壊して警察がDNA鑑定をできなくするのが狙いだと考えられます。にもかかわらず、綿貫さんのご遺体のすぐそばに、警察が容易にDNAを鑑定できる吸い殻が──それも一本ならまだし
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第162回
 リモコンを操作して、プレゼンテーションソフトのスライドの一枚目を画面に呼び出し、傍聴席向けのディスプレイで確認した。大きな太文字でこう書かれている。真犯人は、街にいる 「この事件には増山さんではない真犯人が存在します。その人物は男性で、増山さんに自らが犯した犯罪の濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せ、
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第161回
 志鶴が助言し、練習したとおりの回答だ。傍聴席のマスコミに動きがあった。メモを走らせている。「していないというのは、どの罪状について? まず第一の事件の殺人、これについて否認するのかね」公判期日の冒頭手続での被告人陳述で被告人に詳しく罪状の認否を迫ることは本来認められない。もし能城がそうしたら答えなくていい──増山には
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第160回
 廷吏が傍聴人に向かって口を開く。「この裁判では最初の二分間、報道機関によるカメラ撮影が行われます。映りたくない方は、席を立って一度退出してください」何人かが席に物を置いて退室し、傍聴席の後ろのカメラマンたちが撮影を始めた。裁判官たちは微動だにしない。志鶴は今一度デスク周りのセッティングを確認した。スーツの上着のポケッ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第159回
3 五月二十三日。増山淳彦の第一回公判期日。志鶴は父親の「頑張れよ」、妹の杏(あん)からの「応援してるよ、しづちゃん」という励ましを受けて家を出た。志鶴が増山の弁護を引き受けたことに納得していない母親は無言だった。公判前整理手続で力を貸してくれた三浦俊也(みうらしゅんや)は昨日電話で『いよいよだな。川村が全力を出し切る
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第158回
 病院を出た志鶴は秋葉原にある事務所へ出勤した。都築が入院した話を聞くと、田口司(つかさ)は眉をひそめた。「大丈夫か?」まるで他人事だ。「私が何とかします」二十期以上先輩の指導係をにらみつける。田口は眼鏡のレンズの奥で目を細めた。意外だったようだ。「手伝ってほしいことがあります」志鶴はプリントアウトしたコピー用紙をかざ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第157回
『……ありがとうございます』キャスターが沈痛な面持ちで声をかけた。『天宮さん。四日後に初公判を控える裁判について、弁護士でありフェミニストでもあるお立場からご意見を』『はい。報道によれば増山被告はジュニアアイドルのDVDを多数所持している。おおむね十五歳以下の低年齢の女子が、大人と同じように水着など露出の多い恰好
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第156回
 事件についての報道をまとめた映像が流れた。『この事件で最初の犠牲者となった浅見萌愛さんのお母様が、浅見奈那さんです。一人娘の萌愛さんをあのような形で奪われてまだお辛(つら)いと思いますが、今日はようこそおいでくださいました』浅見は身を固くしたまま小さくうなずいた。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第155回
第十章──審理 1 『私の仕事は、依存症の人の治療をすることです』テロップで〈精神保健福祉士〉と紹介された男性が言った。『性犯罪を犯した人の再犯防止治療も行っています』『逮捕され服役している受刑者や、保護観察を受けている人への再犯防止プログラムですね?』司会を務める女性キャスターが補足する。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第154回
「……はは」がらんとした事務所で力ない声が出た。笑えない文章だ。まったく笑えない。以前も抱いた疑問が浮かんだ。これを書いているのはどういう人物なのだろう。このサイトを教えてくれた三浦俊也(みうらしゅんや)によれば「マエストロ」はロースクールに通ったこともある人物らしいが、プロフィールの記載はない。三浦は記事のどこかで
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第153回
 裁判官たちが立ち上がり、志鶴や傍聴人も起立し、一礼した。星野はよろよろとこちらへ戻ってきた。二人の刑務官をおそろしげに見る。彼らの間の席に戻るべきか迷っているようだ。刑務官たちは彼女など存在しないかのように正面を向いて廷吏を待っている。「大丈夫ですよ、星野さん。あなたは自由の身です」志鶴は声をかけた。「拘置所には戻り
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第152回
 3  気がつけば十二月も終わりが押し迫っていた。年末年始の休みを挟んで、星野沙羅の控訴審第三回公判期日は一月八日と決まった。増山の審理計画を策定する公判前整理手続も東京地裁で持たれる中、ばたばたと年を越した。母親が実家へ連れて行った妹の杏(あん)は、正月も帰ってこなかった。「正月くらいは一緒にと言ったんだけど」父親が
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第151回
「わかりました。職場でのお酒についてお訊ねします。あなたは普段、接客の際、自分もお酒を飲んでいますか?」「はい」「その量というのは、日によって多かったり少なかったりするものでしょうか」「いえ。だいたい同じような量です──ていうか、上限が決まってます」「上限が決まっている? どういう意味か説明してもらえますか」