辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」最終回「卒業」

辻堂ホームズ子育て事件簿
ついに連載が終わる。
後ろ髪を引かれる。それはそうだ。
この物語は始まったばかりなのだから。

 2025年4月×日

 年度末の金曜日。時刻は午後4時半過ぎ。

 すでにお迎えした0歳次女を抱っこ紐に入れ、同じく幼稚園から連れて帰ってきた5歳長女と手を繋いで、これで本当に最後なのだなぁと感慨に浸りながら、3歳息子の小規模保育園に赴く。入り口のドアを開けて中に入ると、私の姿に気がついた保育士さんが、いつものように優しげな声で、奥の保育室へと声をかける。

「●●くーん、お迎えでーす」

 その直後、何やらせわしなく準備を始める先生たち。玄関の前に子ども用の椅子が1脚用意され、連れてこられた息子が照れくさそうな笑顔で着席する。「はい、じゃあハイライトね」と謎の言葉を発する園長先生。まだ親がお迎えにきていない同じクラスの子が2人、神妙な顔で〝入場〟してきて、息子を見守るように横並びに直立したのを見て、その日の午前に先生と子どもたちだけで行われた「お別れ会」を、短縮バージョンで再演してくれるのだと悟る。

「卒園証書。▲▲●●くん」

「はい!」元気よく返事をし、起立する息子。

「よちよち歩きだった●●くんが、毎日たくさん給食を食べ──」

 一人一人異なると思しき愛の詰まった文章を、園長先生が丁寧に読み上げる。小規模保育園は2歳児クラスまでだから、引っ越しをする息子だけでなく、残り4人のクラスメートも全員3月で卒園なのだ。

「──これからもお友達をたくさん作って、元気に過ごしてください。ご卒園おめでとうございます」

「あーりーがーとう!」

 と、再び大きな声で言いながら卒園証書を両手で受け取る息子。2歳児クラスでもこんなにきちんとした証書授与式ができるのか。先生方が頑張って練習させてくれたんだろうなぁ、いい保育園だったなぁ──と胸がいっぱいになっていると、そんな私に追い打ちをかけるように、3人の卒園児たちと担任の先生による「だいじなともだち」(※「おかあさんといっしょ」の曲)の斉唱が始まる。

 なんだこれは。親を泣かせにかかってるんだな。そうなんだな。

「◎◎ぐみさん、△△ぐみさん、たくさんあそんでくれて、ありがとう! これからもげんきでいてください。やさしかった、せんせい! ようちえん、ほいくえんにいっても、ばんがります!」

 ばんがります? 今、ばんがりますって言ったな、うちの息子。

「──◇◇ほいくえんを、きゅーねんします!」

 そつえん、と言いたかったらしい。意味の分からない単語を聞いたままに発音したら、そうなってしまったのだろう。全然違うけど。

 かくして息子は、丸2年通った小規模保育園を卒園した。先生たちが心を込めて作ってくださったであろう折り紙のチューリップの花束と可愛らしい卒園証書を手に、園の敷地を出る。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『ダブルマザー』(幻冬舎)。

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