映像クリエーターの制作ノート 「光」 大森立嗣さん

連載回数
第55回
作家写真
大森さん
作家名(読みがな付き)
大森立嗣(おおもり・たつし)
作家プロフィール

1970年東京都出身。2005年に花村萬月原作『ゲルマニウムの夜』で監督デビュー。吉田修一原作『さよなら渓谷』はモスクワ国際映画祭審査員特別賞を受賞。三浦しをん原作の映画化は『まほろ駅前多田便利軒』『まほろ駅前狂騒曲』に続いて3作目となる。父親は前衛舞踏家の麿赤兒、弟は俳優の大森南朋。

 三浦しをんさんの小説は、平易な文章で希望が綴られるという印象を持つ方が多いんじゃないでしょうか。『まほろ駅前多田便利軒』『まほろ駅前狂騒曲』と三浦さんの小説を2本映画化した僕もそう思っていました。

 そんな中で、『光』はかなりの衝撃作です。津波に襲われた離島で生き残った少年少女たちが大人になって再会するのですが、きれいごとでは済まない人間の本質的なものがありありと描き出されています。どこか物語的に破滅的なものを感じ、僕はそこに惹かれました。主人公たちは社会の外側へ転がり落ちていくわけですが、同時に・生命の輝き・みたいなものを放っている。人間社会における善と悪にとらわれない、生き物としての美しさが描かれているように思えたんです。

 僕は2005年に『ゲルマニウムの夜』で監督デビューし、これまでに7本ほど長編映画を撮ってきました。キャリアを重ねていく一方で、ゼロに戻ってチャレンジしてみたいという気持ちが高まっていたところでした。ノウハウで映画をつくっても、面白くもなんともありません。そんなとき、どうしても『光』を映画化したいという衝動に駆られ、三浦さんから正式なOKをもらう前に一気にシナリオを書き上げたんです。 『ゲルマニウムの夜』を撮ったときは、それこそ「この映画さえ完成すれば、自分は死んでもいい」くらいの覚悟で臨みました。今回も自分が培ってきた思考性をすべて解体してやるぐらいのつもりでした。ただ、デビュー時と大きく違うのは、僕がこれまでに撮ってきた作品に出てくれたり、僕の作品を観てくれた俳優たちが、僕を信用して参加してくれたということでしょうね。

 俳優はとても敏感で、監督が本気でやりたいと思っている作品なのかすぐに察知しますし、現場でのノリも違ってきます。現場では、俳優たちをなるべく自由に動かして、そのすべてを受け止めてみせるのが監督だと僕は考えています。自分のイメージどおりに俳優を型にはめてみても、そうやって撮ったものはちっぽけな作品にしかならないと思うんです。 『まほろ』シリーズに出てくれた瑛太は、今回これまでに見せたことのない顔を見せてくれました。僕が演出したWOWOWドラマ『かなたの子』に出演してくれた井浦新さんと瑛太との緊張感ある関係性が、この映画を支えています。僕のワークショップに通っていた橋本マナミさんも、僕を信頼して大胆な濡れ場に挑んでくれた。ファムファタール役である長谷川京子さんは限られた時間の中で大変だったと思いますが、最後に彼女が見せる表情は最高です。

 そうやって撮り上げた映画は、単純なヒューマニズムの枠には収まらない、僕自身がゾクゾクする作品として完成したように思います。

 

何も考えない時間を大切にする

 

 映画の製作準備に入るとなかなか本は読めなくなりますが、読むことは好きで、時間があればずっと本を読んでいます。中でも「映画化は困難」と言われている原作に出会うと、無性にやりたくなってしまう(笑)。前作の『セトウツミ』もそうですし、今回の『光』もそう。どうすれば映画になるのか突破口を見つけるのが面白いんです。

 基本、自分はあれこれ考え続けてしまうタイプなので、逆に何も考えない時間を設けるようにしています。サウナに入って水風呂を浴びるのもいいんですが、いちばんは登山ですね。思い立ったら、テントを担いで繰り出します。八ヶ岳や北岳に登ると、下界から切り離された感じがして、すごくいい。日常の煩わしさをすっかり忘れることができるんです。

 瑛太と一緒に登ったこともありますし、撮影部のスタッフに声を掛けて行くこともあります。登山は体力を使うので、気を遣わなくていい相手と一緒じゃないと登れない。山を登っている間は余計なことはいっさい考えない。ただひたすら登り、後は食べることと寝る場所を確保することだけを考える。そんなシンプルな時間を大切にしています。

(構成/長野辰次)