野宮 有さん『殺し屋の営業術』*PickUPインタビュー*

命がけの出し抜き合い
乱歩賞受賞作の主人公は営業マンの男
凄腕の営業マンがアポイント先で殺し屋に遭遇。口封じのため殺されそうになった彼は咄嗟に切り出す。「ここで私を殺したら、あなたは必ず後悔します」。培ってきた営業スキルを総動員して、まさに命がけの〝商談〟だ──。一人の男の珍妙な奮闘の顚末を描くのが、野宮有さんの江戸川乱歩賞受賞作、『殺し屋の営業術』である。
野宮さんはすでに第25回電撃小説大賞で選考委員奨励賞を受賞した『マッド・バレット・アンダーグラウンド』で作家デビューを果たしており、さらに『魔法少女と麻薬戦争』で少年ジャンプ+× note 原作大賞連載部門の大賞を受賞して漫画原作者としても活躍している。
「ライトノベルや漫画原作だけでなく、他の文芸ものもずっと書きたかったんです。それで今回、プロアマ不問の賞に応募したという形です」

ライトノベルでもミステリ系の作品を書くことが多く、本作の作風もその流れといえる。ただ、乱歩賞を狙って書いたわけではないという。
「もともと江戸川乱歩賞は桁違いにハードルが高いから難しいと思っていました。でも、書き上げて自分で読み返した時に、これ面白いからいけるんじゃないかなと思ったんです。応募の送信ボタンを押した瞬間からもう後悔していましたけれど(笑)。受賞できて本当によかったです」
アポイント先で殺し屋に遭遇して大ピンチ
本作については、「営業」というテーマが最初にあった。
「営業担当者がいて、お客様がいて、まだ見ぬ競合他社がいっぱいいて。営業の仕事には出し抜き合いという側面がある。そこは結構ミステリ的だし、コンゲームとの相性がいいなと思っていました」
主人公の鳥井一樹は高校卒業後に営業職に就いて18年。当初から営業の才能を花開かせ、圧倒的な成績を残して数々の会社を渡り歩き、今は防犯関連商材を売っている。なぜ転職を繰り返しているかというと、会社が特定商取引法に抵触した結果倒産したり、あまりの仕事人間ぶりに同僚に白い目で見られて職場に居づらくなったりしてきたからだ。
冒頭から鳥井の営業スキルが披露され、その有能さは読者にも伝わるが、野宮さん自身も営業の経験があるのだろうか。
「じつは新卒1年目の時に営業に配属されたんですが、自分は本当に向いていなくて(苦笑)、半年くらいで異動になりました。でもその後、営業のコンサルタントの方と一緒にマニュアルを作ったり、研修を運営する仕事をしていた時期があって。そこで営業の方の考え方やノウハウを学びました。一流の営業の方って心理学なども勉強していて、アメリカの実験結果などもすらすらと言うんです。本当に博識で、聞いているだけで楽しかったです」

作中、鳥井も〈メラビアンの法則〉〈パレートの法則〉〈後攻有利の法則〉など、理論に基づいた営業の心得を語る。そんな彼が独自に考える3つの「営業の才能の要素」は、〈継続力〉、〈外面のよさ〉、そして〈空虚さ〉だという。
「〈継続力〉については、どのコンサルの方もおっしゃいますね。営業の上級者にもなるとトークでのアドリブ力が必要ですが、初心者や中級者に一番必要なのは事前にちゃんとトークを組み立て、それを反復練習することだそうです。〈外面のよさ〉に関しては、やはり胡散臭い人よりも信頼できそうな人のほうがいいので。その違いを言語化するのは難しいけれど、自信が大事だとはよく聞きます。〈空虚さ〉というのは、まったくの鳥井の主観です。本人が幸せかどうかは別として、完全に空っぽな感情というのは彼の強みではあると思います」
鳥井には、趣味も目標もない。何をしていても虚しく、生きている実感がない。営業目標を達成して社内表彰を受けても充足感は得られずにいる。
「実際の営業の方はもっと明るい方が多いです(笑)。ただ、鳥井が抱えている悩みは結構普遍的なものな気がします。やっぱり働いていると、その会社がいい会社であったとしても、虚しくなる瞬間は誰しもあると思う。そういうものを抱えた人が、自分の性質と嚙み合ったフィールドを見つけて変化していく話にしたかった」
ある日、深夜のアポイントを求めてきた顧客の家を訪ねると、そこには顧客の刺殺体が。鳥井は居合わせた殺し屋2人に捕まり、死体とともに埋められそうになる。2人組の会話から殺し屋業界にも営業成績の悩みがあると知った鳥井は持ち掛ける。「私を雇いませんか? この命に代えて、あなたを救って差し上げます」。
そして彼は2週間で2億稼ぐという無茶なノルマを引き受けることになる。達成できなければ、命はない。
殺し屋業界でのセールス
鳥井は彼らのアジトで監禁状態となりながらノルマに取り組む。いったいこの稼業でどのように顧客を見つけ、どのように営業をかけるというのかと思うが、彼はなかなかの奇策をめぐらせていく。
「殺し屋業界は鳥井が今までいたフィールドとは全然違うので、営業のやり方も変わるなと思っていました。たとえば通常の営業には不退去罪というのがあって、お客様に〝帰ってください〟と言われたら絶対に帰らないといけないけれど、殺し屋業界でそれは通用しない。それに競合とバッティングした時に、相手に勝てばいいというわけでなく、邪魔に思われたら自分の身に危険が及ぶ可能性がある。そのあたりを考えながら、話を膨らませていきました」

予測のつかないストーリーが好きだという野宮さん。本作の序盤は主人公が困難に巻き込まれるタイプの物語となっており、鳥井のキャラクターがコミカルなだけに、そのトーンでいくのかと思われたが、少しずつ違う様相をおびていく。やはり殺し屋業界はそんなに甘くはない。
「鳥井も読者も最初は希望的観測があると思うんです。そこを全部ぶち壊して絶対に逃れられない状況にしました。じゃあそこで鳥井がどうなっていくかというのが後半の主題で、ライバルも登場します」
そう、後半には他の殺し屋も登場する。広域指定暴力団の殺人請負部門のトップセールス、鴎木美紅と相棒の百舌だ。情け容赦なく任務を遂行する強烈な2人組で、だからこそキャラクターとしては魅力的。
「やはり主人公以上に強い存在がいたほうが面白いだろうと思って。それと、僕は頭脳戦が大好きなので、主人公が自分より強い敵をどう攻略していくかは書いてみたかったんです」
鳥井は競合他社との競り合いに勝てるのか、その先にどんな結果が待ち受けているのか、彼自身にはどんな変化が訪れるのか──。最後までスピードを落とさず、疾走していく極上のエンタメミステリである。
目指す文体とユーモアへのこだわり
すでにプロデビューしているだけあって、エンタメ小説のツボを押さえている野宮さん。小説を書き始めたのはいつ頃だったのだろうか。
「中学生の時に携帯小説が流行って、僕も書くだけ書いてみました。でも当時は近所に書店がなくて小説も読んでいなかったし、自分が小説家になることにリアリティーは感じていませんでした。その後、高校生の時に書き始めた作品があるんです。自分の想定では19歳で書き上げてデビューする予定だったんですけど(笑)、大学に入って遊んでいるうちに気づいたら卒業していて。結局、ほぼ書いていない時期が長いんですけれど、7年かけて書き上げて、どこに応募しようかと考えた時に、ライトノベルかSFかなと思って。結局ライトノベルの賞に応募してデビューしました。他に漫画原作もやりたかったのでジャンプ+の原作漫画賞に応募し、大賞をいただいてそちらの仕事もはじめたんです」
読む側としても書く側としても、さまざまなジャンルが好きだという。ただ、重い内容のものを書く時もユーモアは忘れない。
「映画の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』が好きなんです。あの映画はめちゃくちゃシリアスだけれど、笑えるシーンもある。ケネス・ロナーガン監督がインタビューで、どんなにシリアスな映画でも笑えるシーンがないと本当に悲しい話になってしまう、みたいなことを話していたんです。それは確かにそうだなと思い、自分もどんなハードな世界の話でも、何かしらのユーモアを入れるようにしています」
好きな映画が挙がったので、好きな小説家や小説についても訊いてみた。
「本当にいっぱいいるんです。学生時代から好きなのは朝井リョウさんや佐藤究さん。自分の作風の延長線上の、まだまだ先のほうにいる方だと思うのは貴志祐介さん。いろんな作風のものを書かれますが、どの作品も好きです。それと、影響を受けた方だと東山彰良さん。高校生の時にデビュー作の『逃亡作法 TURD ON THE RUN』を読み、自分が書きたい作風はこれだと思ったんです。それまで青春小説っぽい文体で書いていたんですけれど、クライムノベルのようなハードで乾いた文体で書きたいと思うようになったのは、完全に『逃亡作法』を読んでからです」
もしかして、結構ハードボイルドがお好きなのでは?
「まさにデビュー作が、ライトノベルだけれどハードボイルドだったんです。書き写したくなるくらい地の文が格好いい小説が好きですね。海外の作品では、『トゥルー・クライム・ストーリー』が話題になったジョセフ・ノックスのデビュー作、『堕落刑事』が乾いた文体のハードボイルドで好きでした。最近イチオシの作家です」
たしかに、感情に左右されない鳥井が主人公の『殺し屋の営業術』もハードボイルド味がある。そんな鳥井のこの先も知りたいのだが、シリーズ化の予定はあるのだろうか。
「続篇を書くかはまだまったく決まっていませんが、僕自身はシリーズ化できると思っています。育成とか社内営業とか裏社会での出世とか、この設定ならいろんなパターンが書けますから」
と、力強い言葉。期待したい。
野宮 有(のみや・ゆう)
1993年福岡県生まれ。長崎大学経済学部卒業。2018年第25回電撃小説大賞で選考委員奨励賞を受賞し作家デビュー。著書に『愛に殺された僕たちは』『ミステリ作家 拝島礼一に捧げる模倣殺人』『どうせ、この夏は終わる』等。「少年ジャンプ+」では漫画原作者として『魔法少女と麻薬戦争』連載中。