ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第160回

「ハクマン」第160回
異動となった担当編集者が
新担当を引き連れ
あいさつに来ると言い出した。

この連載もファッキソガッデムS学館の媒体で行われているのだが、Sは秋に異動があるらしく、私の漫画の担当をしているS編集者もこのたび異動による交代となった。

それは珍しいことではないのだが、新担当を引き連れ異動のあいさつをしに行きたいと言い出したのだ。

何度か書いているとは思うが私は狂った永久凍土こと凍狂の人間ではなく、地図に載っている方の犬鳴村として有名な本州末端に棲む者である。

よって編集者と直接会う機会は非常に少なく、リモート化が進んだ今では、直接的暴力でしか手打ちにできないハリソン山中状態にならない限りは会う事がない。

特に、顔合わせなど「あいさつ」のみが目的の場合は、まずこっちが犬鳴の者であることを理由に断る。

この世には凍狂住みの人間しか存在しないとばかりに、こちらの居住地を確かめず顔合わせを提案してくるところが直接殴る理由になっているとも言えるが、わざわざ飛行機に乗って殴るほどではない。

こちらが秘境の住民であると明かせば、それでも直接顔を確認しなければ仕事をしたくないという、極度のルッキズム編集者でない限り顔を合わせることはなくなる。

よって、お互い顔を知らないまま仕事をして知らないまま異動や連載終了で別れる編集者も増えているのだが、そんな中稀に「こっちが行きます」と言い出す編集者がいる。

そちらにご足労させるのは申し訳ないのでという一見こちらに気を遣った提案だが、正直これも山中案件に近い。

私が顔合わせをしたがらない理由が「凍狂に行くのが面倒」だからだと信じて疑っておらず「お前に会いたくない」という巨大な理由が全く視界に入らない自己肯定感の高さが十分暴力に値する。

なにより「わざわざ来てもらって申し訳ない」という感情がこちらにもあるということを忘れている。むしろその感情は都会者より田舎者の方が上なはずである。

凍狂がマッドなのは、物も人も溢れかえっているからであり、仕事で凍狂に行くついでに田舎にないものを楽しむことができなくもない。

私も若いころは出張のついでに冷たい石の家で蹂躙されたアイスを食べに行くなどしていたが、回数と年齢を重ねるごとに凍狂に対する感情がゼロになり、完全にただのマッドシティと化したので行きたくないだけだ。

しかし、田舎には出張のついでに楽しむものが皆無なのだ。

よそ者からするとそうでもないのかもしれないが、「我が地元に一片の娯楽なし」と天に拳を突き上げているのが現地民というものだ。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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