代田亜香子『アイとムリ』

代田亜香子『アイとムリ』

いい意味で想像を裏切られる動物視点の物語


 原書の『The Eyes and the Impossible』は、アメリカの最優秀児童文学に贈られるニューベリー賞を2024年に受賞した。年齢を問わず、何回も読みかえしたくなるのは、こういう本だと思う。

 主人公のヨハネスは、自由な犬。走るのが大好きで、『ロケットみたいに走る。レーザー光線みたいに走る。こんなスピード、見たことないはずだ。走るとき、地球を引っぱって回してるんだ』といっている。

 動物目線の物語は他にもあるが、擬人化するか、または人間に対する批判でいっぱいか、どちらかになる傾向があるように思う。その点でも他に類のない、想像の斜め上をいく秀作だ。人間との関わり合いとは関係なく、ひたすら犬は犬でカモメはカモメとして生活しているのが、当たり前のようだけどとても新鮮だった。

 翻訳をするときにわたしは、主人公に思いっきり感情移入することが多い。だけどこの作品ばかりは、〝犬になったつもりの人間〟として訳してはいけない気がした。だから、どのキャラクターにもなりきることはなく、訳している間じゅう、公園で日常生活を送りながらヨハネスたちの暮らしをながめている(人間でも特定の動物でもない)何者か、という抽象的な立場から落っこちないように気をつけて生活していた。いろんな動物の暮らしをながめながら、それぞれの喋り方を思い描いてみるのがとても楽しかった。どのキャラクターも大好きだけど、個人的に特におもしろかったのは、もじもじしてるのに急に強気になるリスと、あやしい関西弁(?)のバイソンと、品も頭もいいヤギと、どの動物からも役立たず扱いされているアヒルたちだ。

 なにしろずっと公園で生活していた(つもりだった)ので、作品が手元からはなれたいまはなんだか、人間社会に引き戻されて自由を失ってがんじがらめになったような気分だ。

 表紙も挿画もすべて、実際に美術館で展示されている絵画にヨハネスの姿を自然に溶けこませたものだ。どれもとてもうつくしいが、ヨハネスが海岸を駆け抜けているシーンは、何度見ても目頭が熱くなる。

  


代田亜香子(だいた・あかこ)
神奈川県生まれ、東京都在住。翻訳家。立教大学英米文学科卒業。訳書に「イアリーの魔物」シリーズ、『アナと雪の女王』(以上小学館)、「ひみつの地下図書館」シリーズ(ほるぷ出版)、『バスカヴィルホールのありえない物語』(ポプラ社)、「プリンセス・ダイアリー」シリーズ(静山社)、『七月の波をつかまえて』(岩波書店)、「相続ゲーム」シリーズ(マガジンハウス/日之出出版)、『メイジー・チェンのラストチャンス』(作品社)、『ぼくのはじまったばかりの人生のたぶんわすれない日々』(すずき出版)、『希望のひとしずく』(理論社)などがある。

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アイとムリ

『アイとムリ』
作/デイヴ・エガーズ 訳/代田亜香子

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