◎編集者コラム◎ 『恋する仕立屋』和久田正明
◎編集者コラム◎
『恋する仕立屋』和久田正明
昭和31年(1956年)公開『へそくり社長』(千葉泰樹監督)に始まり、45年(1970年)『続・社長学ABC』(松林宗恵監督)まで計33作品、東宝が生んだ傑作喜劇シリーズがあった。人呼んで社長シリーズ、レギュラー陣は主演の森繁久彌社長以下、真面目一筋の総務部長に加東大助、宴会好きの営業部長に三木のり平、秘書課長に小林桂樹、ちょっと怪しげな日系二世にフランキー堺。商売敵に山茶花究、河津清三郎。御目付役に東野英治郎、有島一郎、宮口精二、社長夫人は久慈あさみ。森繁社長の浮気心をくすぐる女優陣は淡路恵子、草笛光子、新珠三千代などなど。お若い方は、なにをまた興奮して、とお思いになるだろうが、役者名を挙げるだけで楽しくて、心が躍る。なんという豪華な顔ぶれだろう。
そういえば、あるテレビ番組で、かの井上陽水さんが社長シリーズを褒めそやしていたっけ。容易にこころを覗かせない、いや尻尾を摑ませない陽水さんだけに、この心情の吐露は、我が意を得たりとほくそ笑んだものです。
閑話休題。さて、作者の和久田正明さんは『暴れん坊将軍』など、数々のテレビドラマを手掛けた名脚本家。商売柄、邦画洋画を問わず、映画に造詣が深い。かく言う担当も映画とくれば、目がない。かくして、国立にお住いの著者行きつけのBARで一献となると、話題は当然、映画、映画、映画、これしかありません。
時代作家の仕事柄、どうしても時代劇に話題が落ち着く。過日も、市川雷蔵さんとくれば眠狂四郎でしょう、とおっしゃるので、いやいや大菩薩峠も捨てがたい、と担当。う~ん、大菩薩峠なら片岡千恵蔵だろ。などと話が進んだところで、どういうわけか、東宝の社長シリーズが俎上にのぼった。あんな傑作喜劇はもう二度とお目にかかれまい。ああ、なんと惜しい、とセンセイ。そこで、担当、しめたとばかり、いっそ、新シリーズを始めてはいかが。あれを凌駕するとはおこがましいが、せめて一矢報いる作品を読者にお届けしましょうや。そこで生まれたのが、『恋する仕立屋』であります。社長シリーズとは、似て非なる登場人物たちですが、敢えていえば、お広敷番頭・又兵衛は森繁社長、主人公の惚れっぽい仕立屋・才蔵は秘書課長の小林桂樹さんか。法華長屋の女大家おはんは、草笛さんと淡路さんを足して二で割ったような。あれこれ想像しながら読むのも楽しい。しかし、本シリーズの影の主役は、ナゾの番頭・三木助にあり。こんなキャラクターは滅多にありません。卑屈で姑息で目が離せない。どうやら人に言えない過去でもあるのか。とにもかくにも、著者最高のシリーズになるのは、間違いないと、担当は入れ込んでおります。