◎編集者コラム◎ 『銀しゃり 新装版』山本一力
◎編集者コラム◎
『銀しゃり 新装版』山本一力
直木賞受賞作『あかね空』など、江戸の人情を描かせたら当代一の山本一力さんですが、作中を彩る食の描写も当代一なのではないでしょうか。本書は、(江戸の人情はもちろんですが)〝食小説〟として、山本作品のなかでも出色の完成度を誇る一冊です。
二〇〇七年に四六判として刊行、二〇〇九年に文庫化された作品を、このたび再編集して新装版として刊行いたしました。
舞台は江戸深川。亀久橋のたもとに「三ツ木鮨」の看板を掲げた新吉は、親方から受け継いだ柿こけら鮨の伝統と味を守り、日々精進を重ねています。
――親方次郎吉の言い付けをしっかり守り、米は庄内米を使った。鮨に合わせる酢には、和三盆の上質な砂糖と、赤穂の塩を使った。
四寸角の鮨型に、鮨飯を半分敷く。その上に、醤油で煮たしいたけを細かく刻んで散らす。そして残り半分の飯を詰めたあと、鯛の刺身や蒸しあわびの薄切りを載せ、型の四隅に錦糸卵を散らしてふたをする。それに重しをのせて型押しすれば仕上がりである。――
読んでいると、お腹が空いてくる小説というのは、心まで前向きにさせてくれるようです。
本作のもう一つのテーマは、「人は己の信念を通して生きていけるのか」ということだと思います。新吉を応援する旗本勘定方の小西秋之助が、自らの職務と信念の間で揺れ動くさまは、現代社会人の悩みと直結しているのではないでしょうか。私はゲラを読み進めながら、セオドア・ソレンソンの「良心に恥じぬということだけが、我々の確かな報酬である」という言葉を思い出しました。古今東西、信念を通すことは難しい。だからこそ、信念を通そうとする人の姿に、心を打たれるのだと思います。
現在、山本一力さんには日本おいしい小説大賞の選考委員に就任いただいております。
〝食小説〟の新たな書き手を発掘すべく立ち上がった賞です。『銀しゃり 新装版』の巻末にも募集告知が掲載されていますので、こちらにもご注目いただけますと幸いです。
──『銀しゃり 新装版』担当者より