◎編集者コラム◎ 『落語小説集 子別れ』山本一力

◎編集者コラム◎

『落語小説集 子別れ』山本一力


 直木賞作家・山本一力さんは歴史小説、時代小説の傑作を数多く世に送り出されていますが、落語小説の名手でもあります。本書は、好評を博した『落語小説集 芝浜』に続く、〝人情〟落語小説集第二弾です!

 腕の良い大工だが呑兵衛の熊五郎。棟梁に頭を下げて前借りした五十円を、酒の勢いで四日も遊郭に留まり、溶かしてしまった。我慢も限界を越え愛想をつかした妻のおとくは、一粒種の亀吉を連れて家を出て行ってしまう。それから三年半、遊郭の女とも酒とも縁切りを果たし、仕事も順調に運び出した熊五郎は、仙台堀で七歳になった亀吉と再会する。二人が「明日、鰻屋で昼飯を食おう」と約束したことを知った、おとくは……(「子別れ」)。

「おっかさん、ただいま」

 頼まれ仕事を終えた亀吉が、土間に入ってきた。亀吉は父親を見ようともしなかった。

 これが熊五郎の逆上を煽あおり立てた。

「てめえら二人とも、たったいま、ここから出て行け!」

 おれが戻ってくる前に、持てるだけの品を持って出ていけと、ばかな念押しをした。

「分かりました」

 おとくは凍えをはらんだ声で答えた。

「あばよ」

 言葉を吐き捨てた熊五郎は、女房と子に一瞥すらくれず、宿から出て行った。

「おっかさん……」

 しがみついてきた亀吉のあたまを、おとくの柔らかな手が撫でていた。

――本文より

 表題作ほか「景清」「火事息子」「柳田格之進」「後家殺し」の四編を収録。

 解説は、幇間の櫻川七好さんが担当しています。

 カバーイラストは、「カールおじさん」「サントリーのペンギン」「きのこの山たけのこの里」などで知られる、ひこねのりおさんに書き下ろしていただきました。

 「読む落語」を、ぜひお楽しみください。

『落語小説集 子別れ』写真

──『落語小説集 子別れ』担当者より

落語小説集 子別れ

『落語小説集 子別れ』
山本一力

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