物語のつくりかた 第16回 水戸岡鋭治さん(インダストリアル・ デザイナー)

水戸岡さん

 JR九州「ななつ星 in 九州」の車両を始め、数々の観光列車や駅舎を手掛けたことで知られるインダストリアル・デザイナーの水戸岡鋭治さん。独立以来、半世紀近くに亘って多くの分野でデザインを送り出し続け、今日では巨匠と呼ばれる立場に──。その作品群にはどのような想いが込められているのか? 日々、デザインと向き合う胸中に迫った。

 もともと幼少期から、絵を描くのが得意でした。勉強も運動も苦手だったので、何かを描けば周りの人が褒めてくれるのが楽しくて、自然にどんどん描くようになったんです。

 生家は岡山で家具屋を営んでいました。当時はまだ、家督は長男が継ぐものという考えの強い時代だったので、自分も将来は家具屋を継ぐことになるのだろうと漠然とイメージしていました。図面を起こして家具を作る仕事ですから、親も油絵や石膏デッサンなどの習い事を積極的にさせてくれました。これが今の自分の礎となっているのは間違いないでしょう。

 高校はインテリア科に進み、卒業後は親の紹介で大阪のデザイン会社に就職しました。プロダクトだけでなく、自動車や船舶のデザインまで、幅広く学ぶことができる会社で、ここで僕はデザイナーとしての基本を叩き込まれます。

 3年ほど勤めたところで、家業を継ぐために、退職して岡山へ戻ることになりました。でも、昔気質の父親から、「散々お世話になったのだから、しばらくはお礼奉公をしなさい」と言われたこともあり、退職後も頻繁に大阪で仕事をしていました。家業の家具屋とのダブルワークで、非常にハードな生活でしたが、好きなデザインに携わって生活できるのは楽しかったですね。

世界のデザインの発信地イタリア・ミラノで学ぶ

 そんなある日、大阪の社長から「もっとデザインの勉強がしたいなら、海外へ行ってみてはどうか」と勧められ、僕はこの話に飛びついてしまいます。社長の紹介で、イタリア・ミラノにあるデザイン事務所で働くことになりました。ミラノと言えば、今も昔も世界のデザインの中心地。そんな本場でデザインを学べるのは、願ってもないことです。これが24歳の時でした。

 ミラノでまず感じたのは、デザイナーという職業の地位の高さです。向こうではデザイナーは職人ではなくクリエイターとして扱われ、それぞれの作家性が尊重される土壌があるんです。これは豊かな社会だなと、当時の自分なりに大いに感心したものです。

 もっとも、与えられる仕事自体は日本と大差なく、むしろ言葉ができない分、苦痛や煩わしさのほうが大きくて、僕は結局、4カ月ほどで「もっとヨーロッパの文化を見て学びたい」と、ミラノのデザイン事務所を退職し、放浪の旅に出ることに。

 1年半くらいかけてヨーロッパ中を周ってみたのですが、この際、鉄道の周遊パスを利用して、様々な地域を巡りました。ヨーロッパでは日本よりもはるかに安い値段でファーストクラスに乗ることができ、上質な車両でこれまで見たことのない風景に触れる旅は、多くの刺激と発見を与えてくれました。この体験が、後の鉄道デザインに生かされることになります。

 帰国後、東京でぶらぶらしていたら、デザインの仕事が少しずつ入り始めました。それが次第に軌道に乗り始めたことから、結局、家業は弟に任せることになり、僕は東京で事務所を立ち上げることになったのです。

 なんとも無計画で行きあたりばったりではありますが、このあたりは言葉の通じないヨーロッパを旅した際に、「人は結局、どんな環境でも生きていけるんだ」と実感したことが大きいかもしれません。おかげで、岡山であろうが東京であろうが、自分がやりたいことにとことん向き合おうと、割り切って行動できるようになりました。

〝舞台〟としてデザインを創る  

 僕がデザイナーとして常に意識しているのは、流行は一切追わないということです。周囲と同じデザインをやっても意味がなく、オンリーワンとはどのようなものかを考え続けなければいけません。

 ひとつの転機となったのは、今から約30年前の、JR九州からのオファーです。

 今でこそ業績好調なJR九州ですが、当時は赤字に喘ぎ、何か手を打たなければ先がないという、非常に追い詰められた状況にありました。そこで経営陣から、「JR九州はもう失うものは何もないので、かつて見たことのないような車両を、思い切ってデザインしてください」と依頼をいただいたのです。

 しかし、鉄道デザインは僕にとって初めての案件であり、決して簡単ではありません。でも、会社の皆さんとコミュニケーションを重ねるうちに、彼らと想いを共有し、それを表現することができれば、きっと面白い車両が創れるだろうと感じるようになりました。

 そうして生まれたのが、ボロボロの車両を大胆にリニューアルした「アクアエクスプレス」です。さらに僕の事務所、ドーンデザイン研究所は、日本ではめずらしい、鉄道からテキスタイル、エディトリアルまで何でもデザインする個人事務所だと自負しています。この時も車両だけでなく、駅や広告、さらにはユニフォームや会社案内、社内報までトータルにデザインさせてもらい、結果的にそれらが反響を呼びました。この時、僕はオンリーワンをいくつも集めれば、ナンバーワンになれる可能性があることを実感したのです。

 以来、今日まで多くのデザインを担当してきましたが、常に頭にあるのは、それまで誰も見たことのないものを表現しようということです。そのためには当然、僕自身もたくさんのことに興味を持たねばなりませんし、それが共に働くチームのメンバーの成長にも繋がります。

 こうした仕事を通してあらためて感じるのは、デザインとはあくまで、企業や経営者の想いを〝見える化〟する作業であるということです。大切なのは、その企業が持っている想いを突き詰め、共有するプロセスにどれだけ労力を費やすことができるか。そこにかけるエネルギーの量は、完成したデザインが与える感動の量に比例します。

 世間の製品の多くは、合格点にあと5点足りていないもの。その5点を上積みするため、効率の悪いことでも手間暇をかけて、どれだけ努力を重ねられるかが、商品のレベルを左右するのです。そこで必要なのは、背景にある〝物語〟を理解することであると僕は考えています。

 人がいるところには必ず何らかの物語があります。物語とは、そのプロジェクトに参加する人の想いと言うこともできます。それをデザインに落とし込めれば、最高の舞台になるはず。そして最高の舞台さえ整えば、そこで働く人、利用する人は、自然とその舞台に相応しい演技を始めてくれるというのが僕の持論です。

 たとえば、僕がデザインを手掛けた神姫バスの観光バス「ゆいプリマ」にしても、単なるバスとは異なり、そこで最高のおもてなしを提供しようとする乗務員、かつてないバス旅を体験したい乗客、双方にとってベストな舞台でなければなりません。出発と同時に幕が開き、バス旅が終わると終焉するひとつの劇と考えればわかりやすいでしょう。

物語のつくりかた

 もちろん、そのための仕掛けを実現するにはコストがかかります。しかし、ある程度そこを度外視しなければ、「ゆいプリマ」のような車両は創れません。

 でも、「見たことのないような」ものを前にしたとき、人は学ぼうとする。それが働く人の成長になるのです。さらに、観光バスの頂点を目指す車両を作り上げることで、すべての社員に対し、神姫バスはここまで登っていく企業なのだという意志を端的に示すフラッグシップとなります。結果、それが会社としてのプライドを育み、全社員の意識の底上げに繋がるのです。

 関わる人々の気配がにじみ出るものは、必ず多くの消費者の心を惹きつけます。デザイナーは、色を見極めたり意匠を形作る技術を訓練によって向上させながら、そうした人の気配を作品にちりばめる能力を身に着けなければなりません。

 その意味で、デザイナーとはアーティストではなく、代行者なのだと僕は思います。つまり、クライアントが紡いできた物語を、デザインという形に落とし込む役割。これからもその役割に徹して仕事をしていきたいですね。

(構成/友清 哲 撮影/黒石あみ)

水戸岡鋭治(みとおか・えいじ)
1947年生まれ。岡山県出身。72年に株式会社ドーンデザイン研究所を設立。建築・鉄道車両・グラフィック・プロダクトなど、幅広くデザインを手がける。72年に独立してのち、九州新幹線「つばめ」、クルーズトレイン「ななつ星」をはじめとするJR九州の車両デザイン、駅舎デザインで脚光を浴びる。2010年に第54回交通文化賞を、11年に第59回菊池寛賞および毎日デザイン賞を受賞。

水戸岡鋭治さんをもっと知る
Q&A

1.夜型? 朝型?
0時ごろに寝て、毎朝7時半に起きるのが決まったペースなので、やや朝型になるのでしょうか。事務所と同じ建物内で生活しているので、9時の始業までゆっくりシャワーを浴びたり新聞を読んだりしてすごします。

2.お酒は飲みますか?
ほとんど飲みませんが、酒の席は好きなので、パーティーや飲み会には何時間でもお付き合いしますよ。

3.犬派? 猫派?
どちらでもありません。強いて言えば子供の時に、実家に柴犬を飼っていたことがあり、名前を「ドン」と言いました。現在の社名、ドーンデザインにも通じていますね。

4.オフの日の過ごし方は?
オフは作らないようにしています。エンジンを切らず、常に低速回転するよう心がけていて、事務所に出勤していない日でもちょっとしたスケッチをしたり、何かしらデザインのことを考えています。

5.影響を受けた映画は?
昔からよく見るのはオードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』。

6.影響を受けた本は?
仕事柄、本はかなりの量を読みますが、いずれも資料です。プライベートでは活字中毒の妻に勧められたものをたまに手にする程度ですね。

7.もし今この仕事をしていなかったら、どんな仕事をしていたと思いますか?
イラストレーターを続けていたのではないでしょうか。もし家業の家具屋を継いでいたら、とっくに潰していたでしょうね(笑)。自分でもそれを理解していたから、弟に任せたんです。その代わり、家具のデザインはずっとやるからと約束して、実際に今も続けているんですよ。


水戸岡鋭治氏デザインのバス「ゆいプリマ」で、
最上級の旅をお届けする「旅学人」

旅学人

日本の「食」「宿」「絶景」「歴史」「文化」。
知的好奇心と五感がふるえる、
心のこもった上質な旅を目指すツアーブランド。

神姫バス「旅学人(たびがくと)」事務局
TEL 06-6355-4733
FAX 06-6147-8907

 

〈「STORY BOX」2019年9月号掲載〉
師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第52回> 『職場の新人に気遣われすぎています』
文豪が本気出してエンタメ書いたらこうなった!—推理小説編