田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第37回

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ
10月25日(土)から11月23日(日)は、秋の読書推進月間ということで、全国各地で本に関するイベントやキャンペーンなどが盛りだくさんの1か月だった。
出版文化産業振興財団(JPIC)が事務局となり運営されている「BOOK MEETS NEXT」も年々規模が大きくなり、秋の読書推進月間の盛り上がりを支えるまでになった。
BOOK MEETS NEXT は、「本との新しい出会い、はじまる」をスローガンに2022年よりスタートしたキャンペーンである。多くの地域から書店がなくなり、本が読まれなくなったと言われているこの時代に「本が好きな人」をこれまで以上にワクワクさせ、一方で、まだまだ「本との距離感が遠い人」には魅力的な本との出会いを届ける仕掛けを出版業界が一丸となって実施しており、年間を通して様々な企画、イベントをおこなっているが、やはり中心となるのは秋の読書推進月間である。
講演会やサイン会だけではなく、全国20地域計151書店にてご当地ブックカバーチャームのカプセルトイ「ブックカバーカプセル」を発売することになったが、これは書店を楽しみ、書店に行くきっかけをつくる企画だった。SNSには、出身地のかつて通っていた書店や贔屓の書店のブックカバーチャームを求めてカプセルトイを捜し歩いている投稿も多く、まさに本屋へ行く楽しみと来店動機をつくっていることを実感した。本を読むだけではなく、書店に足を運ぶきっかけをつくるこのような企画が数多く生まれていくことを期待したい。
「Re文庫」による復刊企画「ご当地文庫リバイバルフェス!」は、Re文庫(文庫復刊サービス)モデルを活用し、東海地区(愛知、岐阜、三重)に〝ゆかりのある文庫〟を出版社から募り、書店が文庫復刊希望作品を選定し、「ご当地文庫リバイバル作品」として復刊する企画である。第1回である今回は愛知、岐阜、三重の書店が投票で選んだ作品『信長の棺 上・下』(文藝春秋)を復刊、東海地区3県66店舗限定で販売されている。
Re文庫とは、本屋さんが「読者に届けたい一冊」を復刊・販売支援する大日本印刷株式会社のサービスである。〝まだ売れる〟と目利きした本を、書店員の力でもういちど市場に流通させる。協力出版社の「品切・重版未定」商品の中から、協力書店が「売りたい本」を選び限定再生産し販売する企画である。第1弾として今年6月に書店チェーンの文真堂書店と明屋書店がタッグを組み、『レンタル家族』(松本健太郎著/双葉社刊)、 『隣人』(永井するみ著/双葉社刊)が Re文庫化された。
普段はライバルである各書店がタッグを組んで一冊の本を復刊させ、同チェーンの店頭で大きく展開し販売している。
さて、東海ご当地文庫リバイバル作品として選ばれた作品がすごくいいのである! 歴史時代小説好きの僕は、『信長の棺』が選ばれたと聞いたとき小躍りして喜んだ。
『信長の棺』は、戦国大名・織田信長の一代記『信長公記』の作者・太田牛一の視点から、織田信長の遺体が見つからないという歴史の不思議を題材にした著者の仮説を鮮やかに描いた歴史ミステリー小説の名作である。誰もが知っている本能寺の変だが、なぜ信長の遺体が見つかっていないのか、なぜ明智光秀は謀反を企てたのか、なぜ豊臣秀吉はあのタイミングで戻ることができたのかなど、日本史の中でも多くの疑問が残る出来事である。様々な解釈がある事件であるが故に、これまでも多くの小説や映画、ドラマの題材として扱われてきた。本書は、なんといっても信長に仕え、信長の生涯を書き残した太田牛一を探偵役に据えたところが肝である。単行本発売時、上下巻と長い作品だが、あまりにも面白くて一気に読んでしまったことを今でも覚えている。
このような作品を、時を経て書店員の皆さんの情熱で再び店頭に押し出してくれたことに、一ファンとして感謝したい。これぞ Re文庫の醍醐味かも、と感じた出来事だった。
東海地区の皆さん、Re文庫『信長の棺 上・下』は、東海地区3県66店舗限定での販売となっております。この機会に、ぜひお近くの書店でゲットしてお楽しみください。
今後は、東海地区だけではなく、このように書店の枠を超え各地でご当地文庫リバイバル企画が進んでいくと面白いな、と思っている。ここでしか買えない本、この地域でしか買えない本を、書店発でつくっていく企画が Re文庫である。今後の展開が楽しみだ。
僕も毎年 BOOK MEETS NEXT を楽しみにしているのだが、今年は仕事の関係上、京都のイベントにしか参加できなかった。11月9日に「KYOTO BOOK PARK 2025」に参加するため、京都市の梅小路公園を訪れた。公園内には、約70社の出版社が出店した本の即売ブースのほか、作家の講演会や子ども向けのワークショップなどのイベントが用意されており、悪天候にもかかわらず多くのお客さまが来場されていた。
会場に着き、ブースを回り出店していた出版社の皆さまとの会話が楽しく、作り手の方々と読者が直接つながる機会はいいものだと改めて感じる時間だった。久しぶりにお会いする方々も多かったのだが、前日8日は晴れていたこともあり、かなりの賑わいで、皆さん多くの本が売れたと、楽しそうに話されていたのが印象的だった。
会場では、即売会だけではなく、講演会やワークショップなどが展開されていた。僕は、『ボクは「弱虫」だったから』や『オレは「最強」だったから』(いずれも潮出版社)などで知られる 恐竜画家・CANさんのライブペインティングに参加した。
雨脚が強まっていた時間帯だったが、満席という盛況ぶりだった。壁一面に貼られた大きな用紙に CANさんが目の前で子どもたちのリクエストした恐竜を墨でどんどん描いていき、子どもたちが色を塗っていくというワークショップだった。ライブペインティングワークショップは、子どもたちだけではなく、大人単独で参加している方も多く、マニアックな恐竜のリクエストに軽々と応える CANさんに、会場のあちこちから「おおーっ」と、大きな歓声があがり盛り上がっていた。このような体験が書店の店頭や、学校や公共図書館などでもできないかな、我々のNPO法人「読書の時間」とのタイアップでの展開を提案するとしたらどんなことができるだろうか、など考えながら参加していた自分がいた。これは、職業病かもしれない。
僕は、「KYOTO BOOK PARK 2025」の講演会イベントで、『梧桐に眠る』(潮出版社)を上梓した直木賞作家・澤田瞳子さんと対談をさせていただいた。
8世紀の奈良を舞台に、遣唐使と共に唐の長安から海を渡って来朝した唐人の袁晋卿を主人公とした物語である。遣唐使の帰国の際、ともなわれて来日した唐人があり、なかでも袁晋卿は「音道」の発展に貢献したとされる実在の人物だが、史料に乏しく、どんな人物であったのかは不明とされている。この「ともなわれて来日した」という史実に独自の創作や解釈を加え、晋卿はなぜ日本に連れてこられたのかが、物語の軸として進んでいく。
好奇心と排他的な視線にさらされる晋卿が感じる疎外と孤独は、遣唐使として唐を訪れていた玄昉と吉備真備の誘いに応じ、言葉も通じない異国の地に来ることを選んだことへの後悔の念、憎しみへと変化していく。そんな渡来人・晋卿の心境の移り変わりと並行するように、寄宿する藤原宇合邸を舞台に起こる権力争いに巻き込まれていく過程で、自身がどんな渦に巻き込まれているのかを知るのだった。何者にも守られないことの本当の意味に辿り着いた晋卿の覚悟について、深掘りしてお話をうかがうつもりだったのだが、書店さんが中心となって企画運営されているイベントでもあるので、刊行書籍の話はさておき、「書き手が書店さんを訪問し、どんな本を買うのか配信やツアーなどができないかな」という澤田さんの突然の提案に対し話を膨らませてしまい、いろいろな作家さんにもお声がけしてみましょう、まずはやってみよう! となったところで時間が来てしまうという事態に。
会場にお越しいただいた皆さまには楽しんでいただけたと思うので、それはそれでよかった、と前向きにとらえておこう。
全国各地で楽しい時間を提供してくれた秋の読書推進月間ももう終わってしまうのか、と思いながらこの原稿を書いている。
この4年間で、BOOK MEETS NEXT は業界を挙げての取り組みとなり定着した。これだけ多くのイベントの企画や運営サポートをし、業界一丸となっての取り組みとして育ててきた関係者の皆さまに感謝いたします。
来年も楽しみだな。
田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


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![特別対談 田口幹人 × 白坂洋一[前編]](https://shosetsu-maru.com/wp-content/uploads/2022/08/honmado202209SP_t.png)

